dgmこびん | ナノ

「…へぇ、そんじゃしばらくアレンと一緒に住むんだ、“なまえ”ちゃんは」
「うん!ラビも一緒に住んでいいよ!」
「いやーそれは遠慮するさ」
「明日からラビの家で暮らすように伝えておきます」
「なぁ、前から思ってたけど、アレンてオレのこと嫌いなんさ?」
「嫌いではないです、ただイライラするだけで」
「てめこのやろ!お前んちの星全部オレンジ色に塗ってやんぞ!?」
「ちょ、やめてください錆びます!」
「あははっ、楽しいねーアレン!」

12月の初め。ラビがたまたまうちに来たことで、ついに彼女との対面を果たしてしまった。
「おきゃくさん!?アレンのおともだち!?」と目を輝かせてラビに駆け寄っていく彼女に、「おお!これが噂の『あの子』!?」と、これまた目を輝かせるラビ。
何だ、何意気投合してるんだこいつら。




★星飼いが見た夜空に #2




「…なぁ、アレン、お前が最近ノルマ達成できてないのって、なまえちゃんがいるせいだろ?」
彼女が「おちゃいれてくる!」と席を外したタイミングで(彼女にお茶なんか淹れられるのか?)、ラビがこそっと耳打ちしてきた。
「そうですよ、星はどんどん生まれているのに、管理局の制限で放てないままの星がわんさかいます」
「あちゃー、クリスマスまでに間に合うんか?」

一人の星飼いが、ひと月に宙に放つことのできる星の数は決められており、管理局によって数を把握されている。多すぎても空に溢れてしまうため、その監視は厳密だ。
今僕の家に彼女がいるせいで、彼女は『星』としてカウントされている。通常の星よりもはるかに質量の大きな彼女は、あろうことか、数十個分の星として扱われている。一刻も早く宙に放つように、と管理局から毎月言われ、まるでお咎めのように、宙に放つ星の数を極端に制限されている。
これが、僕がノルマを達成できない原因だ。今、僕の家には、十分に輝いているのに、その数の制限のせいで宙に放たれない星で溢れている。

この仕事の決算日は、毎年クリスマスの日。それまでにノルマを挽回できなければ、来年の仕事にも響いてしまう。


「あんな姿でも、一応『星』なんだから、ちゃんと育てれば星らしく戻るんじゃね?宙に放ってもいいくらいにはなるだろ」
「……輝かないんですよ、彼女」
「は?」

星は、十分に輝ける光を持っていないと、宙に放たれてもすぐに消えてしまう。
彼女は星になることを拒んでいるせいで、自ら輝こうとはしない。
このままうちにいたところで、迷惑するのは僕のほうなのだ。彼女の『人間ごっこ』に付き合うのにも限度がある。

「…けど、彼女を今のまま宙に放ったって、あんなか細い光じゃすぐ消えるのが目に見えてます。星飼いとして、消えると分かっている星をそのまま放りだすことなんてできないじゃないですか」
「まぁ、な」
「…どうなるか分かりませんが、やるだけのことはやってみますよ」

彼女を、『星』として育てて、クリスマスまでに宙へ放つ。
きっとそれが、僕の使命なのだ。

「アレン!おちゃいれてみたよ!」
「何ですかそのもずくみたいな塊!」

…先が思いやられるが。







***


好奇心旺盛な彼女との生活は、刺激的そのものだ。
テレビを叩いて何度も話しかけたり、僕が風呂に入っているところに乱入してきたり、スープのにんじんをはけて僕の皿に入れてきたり、くだものナイフで生卵を切ろうとしたり、油性ペンでテーブルにアルファベットを書く練習をしたり……。

「…どうして君は、そう考えなしで行動するんですか…っ」
「ご、ごめんなさーい…」

僕に叱られるたびに、しょんぼりと落ち込む彼女。気分は、手のかかる子どもを持つ父親のようだ。
だが、しょんぼりと落ち込む彼女は、その身体に纏っている微かな光でさえも沈ませてしまい、本当にどんよりとしてしまう。
だめだ、このままでは彼女はますます輝かなくなる。宙に放つことができなくなる。
「……やりたいことがあったら、勝手にやらないで、僕に言ってください。危険でない限り、やってもいいですから」
「…うんっ、ありがとうアレン!」
ぱぁっ、と再び小さく輝きだした彼女。
…なるほど、彼女の扱い方がだんだん分かってきた気がする。




***

12月も半ばにさしかかり、クリスマスも差し迫ってきた。相変わらずか細い光の彼女に、さすがに焦ってくる。果たしてクリスマスまでに彼女を宙へ放つことができるのだろうか。
「……あれ、」
「あっ、おかえりアレン!」

今日の分の星を宙に放って帰宅すると、彼女がキッチンに立って何かやっている。また何かしでかしているな。そう思った僕は、彼女にバレないよう小さくため息をついて近づいた。
「…今度は何やってるんですか」
「うん、あのね、……これ」
彼女はおずおずと、いつになく控え目だった。彼女の退いた先に見える、コンロに置かれた小さな鍋。

「アレンみたいに、上手には作れなかったけど…」
「もしかして、スープ…ですか?」
「ご、ごめんねまた勝手なことして…アレンお仕事で疲れてるかなと思って、何かお手伝いできないかな、って…」
だめ、だった…?

僕の表情を伺うように、不安げに見上げる彼女を、僕は叱ることなどできなかった。
スープを小皿に掬って、味をみる。冷えた身体にじわりじわりと染みていく、温かさ。少し味の薄いそれは、まるで今日の彼女のように控え目で、だけど温かくて。

「……おいしい」
思わず口から出た言葉は、紛れもなく本音だった。
「ほんと!?よかったー!」
ほっと胸を撫で下ろした彼女に、自分の表情が和らいでいくのが分かった。

「…ありがとう、」
ぽすん、と、彼女の頭に手を乗せた。彼女はまん丸の目を大きく開いて僕を見上げたけれど、すぐにその目を細めてにこやかに俯いた。
「食べる前に、その切り傷だらけの指、手当てしましょうか」
「……はい、」
「それから、ぐちゃぐちゃのキッチンも片づけましょうね」
「………はい」

僕に笑顔で睨まれ、たらたらと冷や汗を流す彼女は、見ていてなかなか面白い。






***

「…さて、行きますか」
午後4時。すっかり暗くなってしまった窓の外を覗いて、僕は大きな袋に、きらきら輝く星を詰めた。よっこらしょ、とその袋を持ち上げた瞬間、彼女がひょこ、と顔を出してきた。

「…外、行くの?」
「そうですよ、今日の分の星を放ってきます」
「そっか、」

彼女はそう呟いて、僕から目を逸らした。どうも最近、彼女はこんな調子だ。以前のような無邪気さがなくなってきたような気がする。それと反比例するように、少しではあるが、光を纏うようになってきた。

「…一緒に、行きますか?外」
「…へ、」
なんとなく、僕は彼女に声をかけた。別に元気がなさそうだから、とか、そういうわけでは、ない。なんとなく、気分だ。
「寒いですし、嫌なら行かなくてもいいですけど」
返答を待つも、なかなか声を発さない彼女に、僕はやっぱり誘うんじゃなかったと若干の後悔を感じながら、一人で出かける準備を整えた。
「……いく、いっしょにいく」
ドアまで足を進めた頃、まるで意を決したように彼女が言った。
「…そんな無理しなくていいですって」
「むりじゃない、いく」
一度決心すると頑固なようだ。ぎゅ、と僕のコートの端を握って、まるで迷子になることを恐れている子どものようだと思った。



――丘のてっぺん。小さく風が吹いて、僕と彼女の鼻を赤くした。僕の貸したブラウンのダッフルコートを着た彼女は、サイズが合わず、だぼだぼだった。銀灰色の光をまとって、暗くなった丘ではよく映えた。
僕はよいしょと大きな袋を下ろし、その口を縛っていた紐ゆっくりほどいた。
しゅる、と紐がほどかれた瞬間、ゆっくりと、袋から光が舞い上がった。

ふわ、ふわ、
きらきら、


ひとつ、またひとつと、宙へ放たれていく星。まるで僕への恩返しのように、ぴかぴかと点滅させて、空に溶けていく。
この瞬間が、僕は好きだった。



「……きれい、だね」

ずっと黙っていた彼女が、空を見上げてぽつりと呟いた。
「…こうやって、育てた星を宙へ放つのが、僕ら『星飼い』の仕事なんです」
「すてきだね、」
そう言って、僕の手を、きゅ、と小さく握った。その手はとても冷たくて、震えていた。彼女を見ると、はぁ、と白い息を吐いて、空を見上げたままだった。
「…寒いですか?」
「だいじょうぶ、アレンの手、あったかいね」

にへ、と笑う彼女は、少し前まで頻繁に見せていた笑顔で。だけどそれが、ひどく僕を不安にさせた。

どうして、そんなふうに、笑うんですか

喉まで出かかった言葉を呑みこんで、「…帰りましょうか」と、手を繋いだまま歩き出した。








彼女が、僕の家から姿を消したのは、その翌日だった。

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