dgmこびん | ナノ


遠い遠い、幾多の山の向こう。
誰も存在を知らない
とある丘の上に
小さな集落があった。
そこに住む彼らは皆、同じ生業を持ち
人里離れたこの丘で
ひっそりと暮らしていた。



『星飼い』

そう呼ばれる彼らは、その名の通り、
星を飼い、その愛情をもって育て上げ、宙に放つことを生業とする。




★星飼いが見た夜空に #1






「……今月も、ノルマを達成できなかったんだな、アレン」
「う……すみません…」
11月の終わり。ここのところ、しょっちゅう上司に呼び出されている…気がする。

「まだ、『あいつ』に手こずってんのか?星飼いの鑑のようなお前が、どうしたんだよ、らしくねぇな」
「僕だって、『あの子』を何とかしなきゃ、とは思ってます、けど…」
そこから、言葉が続かなかった。『あの子』を何とかする解決策を見出せないまま、しょぼんと項垂れるしかできない僕に、リーバ−班長は苦笑をもらした。
「…ま、クリスマスまでに何とかすりゃいいだけの話だ、そう焦んな」
「……はい」

そうは言ったって、クリスマスまでもう1か月もないんだ。焦るな、と言われても無理な話だ。
僕はふぅ、とため息をついて、もうすぐ日の暮れる丘の上をゆっくりと歩き出した。
時刻はまだ3時。空の向こうから、夜が顔を出し始めている。この丘は、夜が長い。僕ら『星飼い』にとっても、それはとても好都合だった。

「ぅお〜い、アレーン!」
少し離れた場所に立つ、オレンジ色の屋根の小さな家から、同じくオレンジ色の髪をなびかせてぶんぶんと手を振る青年、ラビ。
「何ー、またリーバーに呼び出しくらったんさー!?ははっ、ざまぁ!」
「…ラビ、そこから動かないでくださいね、すぐにそのうざったい眼帯むしり取ってあげますから」
「ちょ、ま、ごめんて!冗談さ!」
そう焦ってうろたえるラビ。だったら初めから言わなきゃいいのに。そう思いながら、彼の元へと歩みを進めた。
「なぁ、まだ『あいつ』に手こずってるんだって?」
「…うるさいな、ラビには分からないんですよ、『あの子』の手強さが」
「分かりたくもねぇさそんなん。オレは自分の星の世話で精一杯だもん」
ラビはそう言って、懐から何かを取り出した。
「見ろよ、今朝生まれたばっかなんさ。めっちゃ可愛いだろ」
ラビの手のひらには、小さな小さなオレンジ色の星。淡い光を纏って、まるで小さく息をしているように見えた。
「こいつもクリスマスまでには、あの空で立派に輝くきら星になるんさ」
見上げた空には、ぽつぽつと、小さな光が見えた。あの星も、あっちの星も、みんな、この丘から生まれた星だ。…僕が過去に育てた星も、あの中にぽつりと存在しているのだ。

ラビと別れたあと、あちこちの丘から、カラフルな星がふわふわと放たれていくのが見えた。
あのオレンジ色は、ラビの星。青磁色は神田。桃色はリナリーのものだろう。

僕ら『星飼い』という職業は、それぞれの裁量に任される部分も多く、育てる人によって星の色も異なる。ちなみに、僕の星はというと、

「…ただいま、みんな」
家の扉を開けると、まるで主人の帰りを待っていたかのように、あちこちから照らされる、銀灰色の光。
白でもなく、銀でもない、曖昧だけど、いとおしい、色。僕の髪の色も、それと同じ。
部屋に漂う星たちに目を配る。うん、みんな順調に輝くようになってきた。このままいけば、クリスマスまでには宙に放つことができそうだ。


…ただひとつの不安要素を除けばの話だが。


「おかえりアレン!遅かったね!どこ行ってたの?」

きゃらきゃらと、鈴みたいな明るい声が耳に響いた。僕と星しかいないはずのこの部屋に、ひどく違和感を生む声。
「…君には関係ないことです」

…これが、僕の悩みの根源。



「冷たいなぁー、ひとと話すときはちゃんと目を見なさいって教わらなかったの?」
「だったら君は例外です。君こそどこでそんなこと覚えてきたんですか」
「この本に書いてあった!」
「君ってやつは…勝手に人のものをいじらないでください」
「だぁって、暇なんだもん、せっかく文字読めるようになったし!」

このまま話していても埒があかない。そう思った僕は、彼女から本を取り上げて本棚に戻した。
「あー、まだ読み途中だったのにー…」
がっくりと肩を落とした彼女を見ないふりをして、やり残した仕事にとりかかる。
「これから仕事するんで、邪魔しないでくださいね」
「うん分かった!静かにしてる!」

…彼女がそう言って、最後まで静かにしていられたためしがない。



透き通るような肌に、屈託のない無邪気な笑顔。オフホワイトのワンピースは、走り回るたびにふわふわと揺れて、雪のようにも見える。
何より特徴的なのは、僕と同じ銀灰色の髪と、身体全体を包む淡い淡い雰囲気。どこか幻想的で、儚げで、触れたら消えてしまいそうな彼女。
存在そのものが、人間離れだ。

それもそのはず。彼女は、人間ではないのだ。

なら、彼女は何者なのか。



彼女は、『星』だ。
正確にいえば、『星のはずだった者』。
彼女がこの部屋から生まれたのは紛れもない事実であり、生まれ姿は、淡い光を纏った小さな星だった。
ところが、それから3日後の朝、目を覚ますと僕の隣ですやすやと眠る彼女の姿があった。
…ここで弁解したい。僕も一応男ではあるが、顔も知らない女の子を部屋に連れ込むような不純なことはしない。絶対に、だ。

「わたしは、ずっとずっと人間になりたかったの。だから『人間になりたい』ってずっと思ってたら、気づいたらこうなってたの」

彼女を問い詰め、返ってきた答えがこれだ。
初めは、何の冗談かと思った。だけど、彼女の容姿は明らかに普通の人間とは異なる雰囲気を放っていたし、そもそも、このあたりは外から人がやってくることなどないに等しい。何より、銀灰色の髪なんて僕以外に見たことがない。信じざるを得ない証拠をいくつも目の前に提示され、もはや信じる以外の余地はなかったのだ。


仕事を終え、ふぅ、とため息をつく。

「終わったー?」
「誰かさんのおかげでちっともはかどりませんでした」
「わたし、静かにしてたよね?えらかったでしょ?」
「…君の『静か』というのは、バカでかい独り言は除外されるのでしょうか」
ひまだなぁーだの、てれびみよー、だの、いちいち大声を出されたら、はかどるものもはかどらない。
「あっ、ねぇねぇ、また『スープ』っていうの食べたい!作って!」
…独り言はでかいわ、人の話は聞かないわ、彼女は人を苛つかせる天才だ。彼女がここに住むようになってから、僕は何度ため息をついたのだろう。幸せなんてきっと逃げっぱなしだ。

「星は空腹なんて感じないはずですが」
「だって、おいしいんだもん、アレンのスープ!」
ね、だから作って?

にへら、と間抜けな笑顔を見せ、首を傾げてねだってくる彼女に、僕はまたため息をつく。どこまで図々しいんだ。
「…にんじん、今度は残さないでくださいね」
…そこで作ってしまうあたり、僕も甘い。

「おかわり!」
「食べ過ぎです」
「んもう!そんな出し惜しみしないでよー、にんじんたべたよ!」
「もうやだこのひと、あ、ひとじゃないか星か」

「“なまえ”!」
「…は?」
突然、彼女の口から発せられた意味不明な言葉。
「だからー、“なまえ”!わたしのなまえ!」
「名前?」

僕ら星飼いは、星に愛情を注ぐことはあっても、いちいち名前をつけたりはしない。(ラビはたまに、「こねこちゃん」だとか「マイハニー」だとか、こっぱずかしい名前をつけたりするが。)それ故に、彼女が「自分の名前」を豪語することは、僕にとって想定外のことだった。

「昨日、てれび観てたらね、人間はみんな『名前』を持ってるんだって言ってたの。だから、わたしの名前!」
「……それが、“なまえ”なんですか?」
「そう!」
「…馬鹿馬鹿しい。いいですか、名前というのは、自分でつけるものじゃないんです、誰かにつけてもらうものなんです」
「そうなの?んー、じゃあアレンがつけて!」
「嫌です。大体、君は人間じゃないでしょう」
「いいじゃない、ほぼ人間みたいなものだもん」
「……君と話すと、疲れる。僕もう先に寝ますね」
「ちょっと、アレンー!?」
彼女の制止を無視して、自室に入ろうとドアを開けた。


「……ねぇ、アレンって、いい名前だね。誰がつけてくれたの?おとうさん?おかあさん?」

ふと、彼女が呟いた言葉に、思わず足を止めてしまった。

「…知りません、」
「名前って、生まれてから一番最初にもらう愛情なんでしょう?人間って、すてきだね」
ほう、と、柔らかい表情でどこかを見つめる彼女。
「…人間は、君がうらやむようなことばかりではないですよ」
人間にどれほどの幻想を抱いているかは知らないが、彼女は人間に憧れるあまり、容姿を変えてしまったくらいだ。相当美しく思えるものらしい。
「それでもいいの。嬉しいとか、悲しいとか、泣いたり、怒ったり、そういうことも、すてきなの。……星は、輝くか、輝かないか。それだけだから。わたしは、人間みたいに、すてきなことがしたいの」
「……星にだって、素敵なところはありますよ」
思わず話に割って入る。星飼いの僕だからこそ感じる、その儚さ、美しさ、尊さ。

「…わたしは、星として欠陥だらけだから」

いつもの彼女に似つかわしくない、寂しくて小さな声。

「星は輝かないと消えちゃうけど、人間は、輝かなくたって、生きていけるでしょう?」
輝けなくたっていいの。今さら、星になんか戻りたくないんだよ。

そう言う彼女は、今度はいつも通りの無邪気な表情をしていた。

「さてと!わたしも寝ようかなっ」
「ちょっと、何ちゃっかりついてこようとしてるんですか。君と同じ部屋で寝るなんて絶対嫌です」
「ちぇっ、いいもーん、夜中にこっそり入るから」
「…追い出しますよ」
「…すみません」


さて、この何とも奇妙な同居生活は、果たしていつまで続くのだろうか。
この先のことを考えて、僕はまた深いため息をついた。

「寒いよアレーン」
「布団に入ってこないでください部屋から出てってください、ちゃっかり抱きつくな!」





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