dgmこびん | ナノ

なまえが、いない。家じゅう探してもどこにもいない。嘘だ、あんなに離れないでって言ったのに。どこに行ったんだ。かばんがない、ICカードもないからもしかしたら電車に乗っているかもしれない。……もしかして。
僕は急いで家を飛び出し、心当たりのある場所へと向かった。なまえの無事だけを願いながら。








「…っ、着いた…」
切れた息が整わないまま、僕はまだ人気の疎らな場所に行き着いた。早朝のそこは静けさを纏いながらも、少しずつこれからの賑わいを匂わせていた。
「…なまえ…?」
ゆっくりと名前を呼ぶ。数人が僕の声に反応して振り返る。辺りを見回しても、彼女の姿は見つけられない。
そんなことはない、『ここ』にいるはずなのだ、絶対に。
「…なまえ、いるんだろう?お願い、出てきてよ、無事なの?なまえ…お願いだ…っ!」
堪らなく不安が洪水のように押し寄せてきて、僕は立っていられずその場にうずくまった。なまえ、なまえ…僕が、僕がちゃんと見ていなかったから。彼女の変化にもっと早く気付いていたら、そうしたら、『こんなところ』に彼女が足を運ぶ必要なんてなかった。

会いたい
顔が見たい
抱き締めたい
声が聞きたい






かたん、


小さな物音に、僕はハッと顔を起こして音の方向へ視線を送る。


「…なまえ…っ」

いた、見つけた、

「…良かった、無事だった…」
思わず、顔が緩んで全身の力がするりと抜ける。覚束ない足取りで彼女に近づくけど、近づいても近づいても、何故か彼女のもとに辿り着けない。

「なまえ…どうして、何で、僕から遠ざかるの…?」
安堵と焦りの入り混じったよくわからない涙が僕の視界を歪ませるせいで、なまえの顔がよく見えない。

「……どうして、あなたが『ここ』に、わたしの職場にいるの…?」

表情はよく見えないけど、その言葉が彼女の口から発せられたものだと気付くまでに数秒を要した。
「…なまえ、何を言ってるの…?」
また、記憶が抜けてしまったのだろうか。それともただの冗談だろうか。わからない、心が掻き乱されすぎて、物事を冷静に考えられない。でももうどうだっていい、彼女が無事ならそれでいい、早く連れて帰らないと、『ここ』は今の彼女が長くいちゃいけないところだ。彼女の精神にストレスをかける。早く『ここ』から離れたい。
「…怖い思いさせてごめんね、早く帰ろう、迎えに来たんだよ」
なまえ、なまえ、帰ろう、僕達の家に帰ろう。
ふわりと、まるで風船のように飛んでいきそうな彼女の腕を、僕は子どもみたいに必死に掴もうと手を伸ばす。



「伏せろなまえっ!!!」



ドンッ、

鈍い痛みを受けた瞬間、一瞬意識が途切れた。


気がつくと、僕の身体は床に転がっていた。何が起こったんだ。

「いっ……」
自分の脇腹に感じる痛み。手で押さえながら、僕はゆっくりと身体を起こした。視界に彼女を捉えると、彼女の横には鮮やかなオレンジ色の頭をした男がいた。…どうやら僕は、この男に蹴られたらしい。男は彼女を抱き寄せて、僕の方を睨みつける。まるで、僕が『悪者』であるかのように。

「ったく、金曜の夜から携帯掛けても電源切られて繋がらねぇし、家にも戻ってねぇし、嫌な予感がしたんさ…!」
「…ラビ、どうして…」
「なまえ、ここ最近周りで変なこと起こるっつってただろ。携帯がなくなったり、家のゴミ漁られてたり、人の気配感じたり。
…こいつだよ、ずっとなまえにストーカーしてた奴」

…ストーカー?僕が?
「何を言ってるんですか、僕はなまえの彼氏だ。同棲だってしてた。ストーカーなんかじゃない!」
「こいつに彼氏なんていねぇし、ましてや同棲してるだなんて聞いたこともねぇさ。そんなこと、同僚の俺がよく知ってる。
あんたがほざいてる彼氏だとか同棲だとか、そーいうの全部、あんたの勝手な妄想なんだよ」

何を言ってるんだ、この男は。
妄想?何のことだ。

「…なまえ、こいつのこと知ってんの?」
男の問いに、なまえはぶんぶんと首を横に振る。
「なまえは今、ストレスで記憶が抜けてるんです。お願いだから、これ以上彼女に負荷をかけないで…」
「違う、そうじゃない」

僕の言葉を遮るように、彼女が声を張り上げた。
「…違う、わたしは、初めからあなたなんか知らなかった。会ったことも、喋ったこともなかった」
「…なまえ…?」
「覚えてる、記憶をなくしてなんかいない、わたしはあなたとは何の面識もない。
…なのに、何でわたしの写真持ってるの?
カレーの隠し味も、目玉焼きも、食べる順番も、誰かに話したわけでもないのに、どうしてあなたが知ってるの?
どうしてわたしの会社の場所を知ってるの?」

…いい人だって、信じたかったのに。

ぽつりとそう呟いた彼女は、両手で顔を覆って崩れ落ちる。『ラビ』と呼ばれた男が、咄嗟に倒れかけた彼女の身体を支える。

「……嘘だ、こんなの、何かの間違いだ…」
だって、僕がちゃんと覚えてる。彼女の笑顔を、温もりを、一緒に感じた空気を。
この記憶が妄想だと言うなら、僕は一体何を信じたらいいんだ。
ただ彼女が愛おしくて、大好きで、ただ大事にしたかっただけ。それだけだった。他には何もいらないと思った。ただ、彼女が、彼女に、


笑いかけて、ほしかっただけ。


「…っ、ふ、ははっ…」





『…あと少しだったのに』

「…っ!?」

誰、誰の声…?

『残念、あと少しで、全部手に入るはずだったのにね。
なまえが信じ込むように、もっと慎重に、もっと時間をかけて用意するべきだったよね。
仕事の話に触れさえしなかったら、あの時、医者に嘘でも診断書を書いてもらってドクターストップをかけてしまえば、なまえが勝手に逃げることもなかったし、あんな邪魔な男が現れることもなかった。部屋に鍵をかけることだってできたはずなのに、ツメが甘かったよね、僕。』

「…やめろ、違う、違う!!」

誰だ、僕の声で戯言を言う奴は誰なんだ!!

『大丈夫だよ、次はもっと上手くやれる。僕は誰よりもなまえを愛してるんだから。

次は、失敗しない。』

「…次は…失敗しない…」
呪文を唱えるように、僕は『僕の声』を復唱する。
…違う、何を言ってるんだ僕は!次だとか失敗だとか、そういうことじゃない!

でも、僕は、どうすればいい?




「被疑者確保!!」

気付くと僕の両手は固く押さえつけられ、何か固い金属のようなもので固定されていた。

薄ぼんやりとした意識の中で、彼女の顔は両手で覆われたまま、その表情を窺い知ることができなかった。

ああ、ごめんね、そんな表情をさせてしまったのはきっと僕のせいだ。ごめんねなまえ、最後までちゃんと、君のことを守ってあげられなかった。






***

あれから容疑は消えないまま、僕の身柄は拘束された。彼女への接触は今後一切禁止され、何故だか僕は病院にかかり続けることを命じられた。
『精神鑑定』『人格障害』『偏執病』『執行猶予』
よく分からない単語が向けられる中で、ただ僕は、彼女の身の安全だけを考える。
あの男にひどいことはされていないだろうか。
また仕事でストレスを溜めていないだろうか。
ちゃんと、笑っているだろうか。

医者に聞いても、何も答えてくれない。僕が会いに行けないぶん、ちゃんと聞かせてほしいのに。
ああ、でも、そうか、『あれ』から随分経った。そろそろ、会いに行っても良いのかもしれない。

ねぇ先生、僕思うんですけど、もしかしてあのオレンジ頭の男が、ストーカーだったんじゃないですか?僕が邪魔だから、僕を彼女から引き離すために、彼女に嘘をつくように脅してたのかもしれません。
こんなところで悠長に先生と話している暇はありません。早く、早くなまえを助けに行かないと。


だって、僕は、






なまえの彼氏なんだから。




end…?
************

…物騒なおはなしになってすみませんでした。そしてアレンさんをとことん病ませてすみません…!そんな子じゃないよね、知ってる!
初めは本当にただの一時的な記憶障害で戸惑うアレンさんと彼女さん、そんな障害が二人の絆を一層強いものにするよね!っていう設定で考えて書き始めたんですけど、アレンさんがなまえちゃんを好き過ぎるあまり、現実と妄想の境界が分からなくなってしまった…みたいな展開になってた。そして気付いたら4話。うわーけいさん病んでるぅ!

終始アレンさん視点で書き切りたかったのもあって、足りないところや偏ったところ、よく分からないところもたくさんあると思います。全体的に荒い出来だなと思ってます。すみません、苦情もしっかり受け止めますので…!

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