dgmこびん | ナノ

なまえが寝室を出てくるまでの間、僕はこれまで彼女と過ごした思い出を写真を見ながら振り返った。いつも僕が撮るのに夢中になってしまって、気付けば2人で映っているものがほとんどなかった。
ああそうだ、これは去年の春にお花見に行った時の写真。花びらの舞う中でお弁当食べたから、お弁当箱に花びらがたくさん入っちゃったんだよね。
こっちは夏に行ったキャンプの写真。テントから見る夜空、すごく綺麗だったね。
どの写真も、なまえは笑顔だった。カメラを構えちゃうと目を逸らしちゃうから、いつも隠し撮りみたいになっちゃうけど、それでも花のように柔らかく笑うなまえが、僕はいつだって好きだった。

いつになったら、僕のことを思い出してくれるんだろうか。
いつになったら、僕の方を見て、また笑ってくれるんだろうか。
いつになったら、優しく抱き締めて、キスしてあげられるんだろうか。

「…っ、ぅ…」

ぼろぼろと情けなく溢れてくる涙を拭うこともできず、手に持ったままの写真にぱた、ぱた、と落ちた。

心が、どこまでも痛かった。










…ふ、と目を覚ます。いつの間にか寝ていたみたいだ。変な姿勢で寝ていたから、首が痛い。手で押さえながら首を回すと、ふわりと鼻を掠めた匂い。これは、カレー…?慌ててキッチンの方に向かうと、なまえがトントン、と包丁を鳴らしながら作業をしていた。
僕に気付いたなまえは、ふ、と顔を上げて「あ、おはようございます」と言った。
「すみません、キッチン勝手に借りちゃって…夕飯カレーでいいですか?」
「…勝手も何も、ここは僕達のキッチンだよ」
そう言って笑えば、彼女は静かに俯きながら微笑んだ。
「…朝はごめんなさい、騒いだりして」
「僕の方こそごめん、つい感情的になっちゃって…なまえが、離れていくって思ったら、怖くなって…」
僕の言葉に、彼女は首を横に振った。
「びっくりさせて、本当にごめん。もうあんなことしない……多分」
「多分、ですか?」
「や、あの、正直絶対しない自信はないというか…いやでもなまえを傷付けるようなことはしない!頑張る!」
必死に訴えると、なまえはくすっと笑って、「お願いします」と言った。
「カレー食べましょう」
「うん」
彼女がカレーやサラダを盛り付けるあいだに、僕はお揃いのスプーンや小皿をテーブルに並べた。
「なまえのカレーは、隠し味にヨーグルトが入ってるんだよね。これ好きだなぁ」
鼻歌を歌いながらカレーを運ぶと、なまえは驚いたように止まった。
「…わたし、そんなことまであなたに話していたんですか」
「そりゃあ一緒に住んでるんだもん、カレーの隠し味も、目玉焼きには塩胡椒かけることも、あっ、あと必ず野菜から先に食べることも知ってるよ」
いただきます、とカレーにスプーンを入れる。ほわほわと口の中でほどけるカレーに、僕は何度もほっぺたが落ちそうだった。

「…あのね、なまえ」
食事もそろそろ終わりに差し掛かる頃、僕は目の前のなまえにゆっくりと話し始めた。
「やっぱり、しばらく仕事は休みにした方がいいと思うんだ。今のなまえには、仕事のストレスも大きな負担になっちゃうんじゃないかな。金銭的なことは僕の方だけでも十分やっていけるし、僕もなるべく早く帰ってくるから、なまえにはこの家でゆっくり過ごしていてほしいんだ」
きっとその方が、なまえにとってもリラックスできるし、記憶を取り戻すきっかけにもなるかもしれない。
「…でも…」
「悩むのもよく分かるよ、なまえは人一倍責任感があるし、安易に仕事を休みたくない気持ちも分かる。でもね、頑張りすぎるところがあるから、僕はずっと心配だったんだ。こんな状況だからこそ、自分を大切に労ってあげるのもいいんじゃないかな」
まるで小さな子どもに言い聞かせるみたいに、ゆっくりと伝える。なまえは尚も困り顔を見せるが、観念したかのように少しため息をついた。
「…分かりました、そうします」
その返答に安堵した僕は、にこっと笑って「会社には僕から連絡しておくね」と言った。
「…あの、アレンさん」
「うん?」
「…わたしのスマホ、知りませんか?」
彼女からの意外な質問に、僕は一瞬ぴた、と動きを止めた。
「かばんの中にも入ってなくて、その、会社にも、ちゃんと自分で連絡したいなって…」
どうやら、そこの記憶も抜けていたようだ。
「なまえ、3、4日前にスマホなくしてるんだよ。で、今度の土日に携帯ショップ行かなきゃって話してた。明日一緒に買いに行く?」
「……え、そうなんですか…?」
「うん、ごめんね、先に言っておけばよかったね」
なまえの会社の電話番号は僕が知っているから平気なのに、やっぱりなまえは律儀だ。
「…どうして、わたしの勤務先の電話番号、知ってるんですか…?それも、わたしが教えたんですか…?」
「そうだよ、どうしてそんなこと聞くの?」
「……いえ…わたし達って、すごく仲が良かったんですね」
「ふは、なんかその言葉をなまえから聞くのって不思議な感じだね」
まるで他人事のように言うから、僕はおかしくなって少し笑った。
「あっ、そうだお風呂沸かしてこなきゃね。今日は久しぶりに一緒に入る?」
「入りません!」
「あはは、冗談だよー」
怒った顔も最高に可愛いと思ってしまったのは、僕だけの秘密。



「…じゃあ、おやすみ、ゆっくり休んでね」
ベッドの布団を整え、なまえが横になったのを確認してから寝室の電気を消した。
「…あの、アレンさん」
「うん?」
「ひとつ、聞いていいですか…?」
暗がりの中で、なまえの声だけが響いた。

「…わたしって、本当に、あなたと付き合ってましたか…?」

あまりに深刻そうな声で、あまりに当たり前のことを言うから、僕は笑いを堪え切れなかった。
「…ふ、あはっ、何かと思った!当たり前でしょー、そんな嘘吐かないよ」
ほら、もう寝なくちゃ。
僕はそう言って、にやけた顔のまま寝室のドアを閉めた。






次の日の朝、寝室からなまえの姿が消えていた。

- 38 -


[*prev] | [next#]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -