dgmこびん | ナノ

「あれ、アレン先生、そういえばマグカップ替えたんですか?」
冬休み明けの1月の会議終了後、いつものようにカフェオレを淹れた僕の手元を見て、伊藤先生が言った。
「サンタさんにもらったクリスマスプレゼントです」
そう笑顔で言えば、伊藤先生は一瞬ぽかんとして、それからにやりと何かを悟った。
「あ〜、へぇ〜、そういう…ふぅ〜ん」
「…何ですかその意味深な笑顔は」
「いんや、アレン先生も男なんだな〜と」
「何ですかそれ」
「そういうことは上手くやらないとな!アレン先生モテるんだから」
「…?」
がしっと肩を組まれ、ふふんと尚も意味深な笑みを溢す伊藤先生を、僕はいつものように笑って軽くあしらった。手に持った淡い水彩色の星柄マグカップの中で、カフェオレが楽しげに揺れた。この人、時々妙に感が鋭いから怖い。


コンコン、
「失礼しまーす、アレン先生、課題持ってきましたー」
「おっ!いらっしゃいみょうじ!」
僕宛てに課題ノートを持ってきた彼女を見て、何故か伊藤先生が真っ先に声をかけた。何だろう、地味に悔しい。(こういうあたり、僕は結構小さい男のようだ。)
「丁度良かった、みょうじさんに渡したいやつがあったんだ、ちょっとそこ座っててください」
カフェオレをもう1杯淹れて、僕はデスクに向かう。彼女に渡して、僕のマグカップも隣に置く。確か、この引き出しの中に今度の英検の案内が入ってた気がするんだけど…あ、あった。
「先生、先生」
「うん?」
手に取ったプリントを渡そうとする前に、彼女に呼び止められた。振り向けば、制服のシャツを首元から手で少し下げて、少し照れくさそうに笑っていた。
「こっそりつけてみたんです。どうですか?」
ちらっと覗いた首元で、小さく光るシルバーのネックレスを見て、「…可愛いですね」と言うのが精一杯だった。
…なまえ、お願いだから、伊藤先生いる時にそんな首元晒さないで!いや伊藤先生見てないけどさ!
「良かったぁ。これ、クリスマスに大事な人にもらったんです」
彼女が2人きり以外の時にこういう話をするのは、珍しかった。
「…そうですか、いいですね」
「その人、クリスマスが誕生日なんですけど、プレゼントにマフラー編んだんです。寒がりで、いつもあったかいコーヒー飲んでるから、使ってくれてると良いんですけど」
「…きっと、毎日使ってると思いますよ。大好きな人からもらったものなら、何だって嬉しいですよ、マフラーだって、マグカップだって」
そう笑えば、彼女も笑って「そうだといいなぁ」と言った。



これから委員会に行くという彼女の背中を見送って、僕は自分のデスクに戻る。デスクの上に平積みになった未採点の課題、週案、明日の授業で使う教材リスト。僕はふぅ、と小さく息を吐いて、マグカップに残ったカフェオレをぐいっと飲み干した。よし、気合い入れよう。


「あれ、みょうじ帰った?」
ブラックをいれようとマグカップ片手に席を立った頃、いつの間にか外に出ていた伊藤先生がテキストを抱えて戻ってきた。
「委員会に行きました」
「あー、図書委員だもんなあいつ。図書室のポップとか書くの上手いんだよな」
ガハガハといつものように笑いながら、伊藤先生はテキストをデスクに下ろした。
「…詳しいんですね」
「いや、前に一緒に図書室で仕事したことあってな。俺がポップ書くの苦手っつー話したら、わたし書きますよってあいつが言ってくれて、そしたらやたらと上手いからびっくりしたんだよ。大人しい生徒かと思ったけど、話すと結構面白いんだよなぁ」
「…そう、ですか」
…知ってる、彼女が図書室のポップを書いていることも、話すと結構面白いことも。
「俺が学生だったらああいうタイプ好きになってたかもなぁ」

がたんっ、


「…アレン先生、大丈夫か?コーヒーめっちゃ溢してるけど」
「…大丈夫です、ちょっと、意外だったのでびっくりして」
はは、と乾いた笑いで誤魔化しながら、僕は溢したインスタントの粉をかき集める。…落ち着け、落ち着け心臓。
「意外かー?みょうじって実は結構モテるんじゃねぇの?優秀だし、真面目な優等生って感じだけど、仲良くなったら色々素直に喋ってくれそうというか。ほら、男としてはそういう、俺だけに見せてくれる顔とか好きじゃん?」
仕事そっちのけで彼女のことを話し続ける伊藤先生を直視できないまま、ようやく集め終わった粉をティッシュで包む。

「…俺、本気でねらってみよっかな」



がこんっ、

「……はい?」

ゴミ箱の蓋が大きく揺れて、捨てたゴミを呑みこんだ。

「よく聞くじゃん、高校教師と生徒の秘密の恋愛?ああいうの憧れてんだよな」
嘘、だろ、
「…伊藤先生、冗談やめましょうよ」
「いやいや、俺結構本気よ?みょうじ真面目だから口堅そうだし、実は面白いし、若いし、結構可愛いし。割と文句なしだろ」
指折り数えて彼女のことをつらつら語る伊藤先生に、僕は自分の背中に嫌な汗が伝うのを感じた。
何を、言っているんだこの人は。本気か?冗談なのか?
「今の時間だと、みょうじ図書館にいるよな?よし、ちょっくら顔出してアピールしとくか」

すく、と席を立ってそのままドアに向かう伊藤先生。




「っ、駄目、です…!」
がしっ、とその肩を、僕の右手が掴んだ。
一瞬驚いた伊藤先生は、振り返って数秒僕を見やった。


「…彼女は、駄目です、っ」





「…へぇ…驚いた。アレン先生、そんな必死な顔もできんだな」
そう言って、不敵な笑みを浮かべた伊藤先生。

「んで?彼女『は』ってどゆこと?」
「それ、は…」
「面白くねぇなぁ、人には駄目っつっといて、実はアレン先生とデキてましたーってか。他の奴らが知ったらどうなるのかねぇ…、彼女、退学かねぇ」

ひゅ、と喉の奥が冷える。

「…違う、彼女は何も悪くない、僕が勝手に想っているだけで、だから、…っ」

駄目だ、駄目だ、こんなことで、








「……ぶはっ!!何だよーめっちゃ必死じゃねぇか!!カマかけたつもりがまさかの返答だなぁ!!」

「………え、」

「ねらってみるなんて冗談だって!いやぁそーかそーか!アレン先生は大好きなんだなぁ!うんうん!いいと思うぞ!お似合いお似合い!」
「……っ!!」
乱暴に頭を撫でくり回されながら、頭の中は真っ白だった。かぁぁ、と顔じゅうに熱が集まるのを感じた。

(うそだろ、はめられた…!!)

「まぁ安心しろ!俺口堅いから!アレン先生の淡い恋心は俺のこの心の中だけにとどめておくから!」
「…その言い方、やめてください…っ!!」
にっこにっこしながら尚も僕の頭を撫で続ける伊藤先生の目は、いつも以上に輝いている。まるで面白いおもちゃを見つけた子どものようだ。そして恐らく、伊藤先生はこのことを誰にも言わないだろう。「こんな面白いこと、他の奴らに言ってたまるかよ!」って顔に書いてある。



それからというもの、英語科研究室になまえが来るたびに、伊藤先生がにまにましながら僕を観察するようになってしまったのは、言うまでもない。

ああ、まるで、熱にあてられたチョコレートのような気分だ。








「だから言っただろ、上手くやらないと、って☆」
「…伊藤先生、お願いだからにまにましながら見るのやめてください…」
心ここにあらずの状態でいれたインスタントコーヒーは、お湯を入れ過ぎて驚くほど薄かった。





*END*


***********

気付いたら4話になってた。遅くなりましたが、アレン先生お誕生日おめでとう記念のおはなしでした。短編では書けなかった余裕のないアレン先生が書けて楽しかったです。余裕あるフリして結局は大好きなんでしょ!?っていうね。若干別人になってしまったのはご愛敬で…。
色々と分かりづらいところがあってすみません。いつものことです。
マフラーは誕生日プレゼントで、マグカップはクリスマスプレゼントです。
伊藤先生は実はアレン先生の片思いだと勘違いしてしまいます。だからことあるごとにアレン先生の素敵ポイントをなまえちゃんにアピールしてはアレン先生の背中を押しています。伊藤先生は教師と生徒の恋愛に賛成派です。ちなみに既婚者で、自身も元生徒さんと結婚したそうです。そんな設定。
てか聞いて。実はこの4話書いてる時に1回全部書いたのが消えたのね。もうショックで泣きそうでした。根性で書き直したけいを誰かほめてほしい。

長くなりましたが、アレン先生となまえちゃんのこれからが幸せでありますように。

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