dgmこびん | ナノ


穏やかな午後の5限目。教室に変わらず響く優しい声。その声が紡ぐ流暢な英語を片耳で聞き流しながら、わたしはいつものようにノートにメモを取る。その合間で、教壇に立つアレン先生をちらりと見る。伏し目がちでテキストを読みながら、先生は黒人差別問題と戦った偉人についての英文を読み上げる。

(…優しい顔、だなぁ…)

ああやって優しい顔で教壇に立つアレン先生と、わたしだけに見せる強気で意地悪なアレン先生。どちらも違うけど、どちらもアレン先生なんだよなぁ。そしてどちらの顔も知っているわたしは、きっと誰よりも幸せ者だ。

(プレゼント、何にしようかなぁ)

元々クリスマスプレゼントは用意するつもりでいたから、このためにコツコツお小遣いを貯めてきたのだ。少ないけど。
アレン先生食べるの好きだから、ケーキとか作ろうかな。あと帰りとかいつも寒そうにしてるからマフラーとかにしようかな。あ、マフラーだったら今からでも編めるかも。あ、でも手作りってどうなんだ、重いのか…?でもこの前手芸屋さんで見たモヘアの毛糸可愛かったなー、あれで編んだら絶対可愛いんだよなぁ。あの柔らかいライトグレーがアレン先生っぽくて似合いそうなんだけどなぁ。よし、今日帰りに買いに行こう、そうしよう。
随分と脱線した思考から戻ってくる頃には、黒板にはびっしりと英文が書かれていた。慌てて板書するわたしは、ぱち、とアレン先生と一瞬目が合って、それから先生は、クラスみんなに言うように「板書消しますよー、いいですかー?」と笑顔で黒板消しをかざした。「まじかよ今日早ぇ!」「ちょっ、待ってよアレン先生!」という声があちこちから聞こえたから、そこで焦ったのはどうやらわたしだけではなかったようだ。
「クリスマス前だからって浮足立つのも分かります、でもその前に期末テストありますからねー」
「今日のアレン先生、なんかシビア!」
「すみません、授業のスピード上げないとテスト範囲終わらなさそうで」
気の良さそうな苦笑いを浮かべながら、容赦なく黒板を消すアレン先生に、周囲から悲鳴が上がった。アレン先生、ちょっと意地悪モードが見え隠れしてます。




Chocolate melts in a star



クリスマス、そしてアレン先生の誕生日まで1週間を切った。学校は期末テスト真っ最中だけど、冬休みを目前にどこか空気がそわそわしている。

(…終わったぁ…)

最後のテストのチャイムが鳴り、期末テスト終了の合図を知らせた。周囲が一気にざわつき肩の力を抜いた瞬間、わたしも例に漏れず、思わず机に突っ伏した。
ちら、と教室のカレンダーを見やる。クリスマスまであと少し。マフラーは勉強の合間にコツコツ順調に編んでるから何とか間に合いそうだ。よし!と意気込んで拳を握る。「…っくしゅ、」
…勢い余ってくしゃみが出た。



***

「あ、みょうじ」
「はい?」
月曜日の昼休み、英語科研究室の前を通ったわたしは、ちょうどドアを開けた伊藤先生に呼び止められた。びっくりした、アレン先生が出てきたかと思った。
「お前11月のスピーチコンテスト出たろ。それの講評渡してなかったと思って」
ほい、と突然渡された封筒を、反射的に受け取る。
「あ、ありがとうございます」
「いやぁすげぇな、優秀賞なんてウチの誇りだよ。偉い偉い」
ぽんぽんと伊藤先生に頭を撫でられる。
「来年も出るだろ?あれって最優秀賞だとイギリス数日間留学できるんだよな、来年は行けるといいなー!」
「あの伊藤先生、頭ばっしばし叩かないでください…」
テンションが上がったのか、がはがは笑いながら頭を叩きだした伊藤先生に、堪らずストップをかけた。痛いし、縮みます。
「ん?おー悪い悪い!つい力入っちまった!」
悪いって言いながら叩く手は止めないし、絶対悪いと思ってないでしょっていうくらい笑い続ける伊藤先生。伊藤先生のこういうフレンドリーなところが好きっていう子は多いらしいけど、いや、まぁ嫌いじゃないけど、ちょっと痛いです頭に響きます。扱いに困っていると、

「伊藤先生、購買行くんじゃなかったんですか?お昼終わっちゃいますよ」

部屋の奥から聞こえた、声。

(…アレン先生だ)

意図せず、心臓がびくんと騒ぎ出す。声を聞いただけなのに、こんなに胸がいっぱいになる。重症だ。
「いっけね!じゃあな!」
ドアを開けたまま、慌てて研究室を飛び出していった伊藤先生の背中を見送りながら、ひょこっとドアから中を覗き込む。案の定、アレン先生はいつもの席でお昼を食べていた。(あ、今日はドーナツだ)
「アレン先生、お昼ドーナツだけですか?」
ドーナツ似合うなぁなんて他愛ないことを考えながら、アレン先生に声をかけた。先生は一瞬こっちを見た後、ふい、と視線をデスクのプリントに戻した。

(…あれ?)

「先生?」
「みょうじさんも、お昼終わりますよ、そろそろ教室に戻った方がいいんじゃないですか?」
ドーナツをくわえながら、先生の視線はプリントから外れなかった。
「…しつれい、しました…」


…冷たい声だった。暗い顔だった。あんなアレン先生、あんまり見たことない。ぽてぽて。とぼとぼ。教室に向かう足取りは、重くなる一方だった。
どうしたんだろう、わたし、何かしちゃったかな。いつもなら皆のいるところでも、明るく返してくれるのに。先生、変だった。
「…さむ」
渡り廊下に、北風が吹き込んだ。思わず肩を擦る。鼻の奥が寒さでつぅんとして、思わず少しだけ涙が滲んだ。



***

午後の授業は、何だか頭が上手く働かなかった。ありがたいことにテスト返しがメインだったから、授業なんてほとんど聞いていないようなものだった。

(…ああ、何だか、足元までふらついてきた…)

授業を終え、部活の友達を見送った後、おぼつかない足取りで廊下を歩く。あれ、今日わたし放課後何か用事あったっけ。えーとえーと、あ、そうだ、マフラーやらなきゃ。帰らなきゃ。廊下行きすぎちゃった、戻らなきゃ。くるりと踵を返して引き返す、つもりが。

 ぐ  ら り 、

「っ、」




…最後にとらえたのは、無機質な床の感触と、誰かがわたしの名前を呼ぶ、声。


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