dgmこびん | ナノ

カラカラ…、と控えめにドアを開ける。
「失礼しまーす…アレン先生いますかー…?」
部活の声があちこちから聞こえる放課後、わたしは日直の仕事で英語科研究室に課題ノートを届けに来た。いつもは席でコーヒーを飲んでいるはずのアレン先生の姿はなく、研究室はしん、と静寂を纏っていた。部屋にはほんのり暖房の暖かさと、いつものコーヒーの匂いが残っている(いつも思うけど、先生達の部屋って何でこんなに暖房効いてるんだろう、教室すごい寒いのに…)。
「あれ…いないのかな…」
きょろきょろとあたりを見渡しながら、窓際にあるアレン先生の席に向かう。プリントとテキストが平積みされているデスクには、ほんのり湯気の立っている水色のマグカップ。アレン先生のだ。隣にそっと課題ノートを置きながら、いつものマグカップから感じる温度に、思わず小さな笑みを溢す。今日の中身はカフェオレ。ミルクを入れる時は大抵会議が終わってほっとしている時とか、仕事が一段落している時。
前よりも、アレン先生のことを知っている自分に、こっそりと優越感。

ふと、今日友達と持ち寄って食べたお菓子の余りがあったことを思い出したわたしは、リュックからキューブ型のチョコレートを一粒出して、水色のマグカップの横にちょこんと添えてみた。チョコレートがマグカップに寄り添っているみたいで、温かい温度にじわ、と溶け始めた。慌ててチョコレートを離しながら、まるで自分みたいだなぁなんて、心の中で少し照れた。アレン先生の近くで、溶けてしまいそうな、わたし。そうして、真っ赤になって溶けそうなわたしを、アレン先生はいつもからかって笑うんだ。
「ふふ、」



「…何笑ってるんですか?」
「っ!」

すぐ背後から聞こえた楽しそうな声に、思わず心臓が飛び跳ねる。声が聞こえたすぐ後に、ぽすん、と左肩に感じる重みと、くすぐったさ。
「残念です、両手が塞がってなければ後ろからぎゅーってできたのに」
「…お、おかえりなさい、アレン先生…」
「ただいま。課題提出に来てくれたんですよね?今お茶入れてあげるからちょっと待っててくださいね」
わたしの肩に預けていた顎を離し、両手に抱えた教材を奥に運んでいったアレン先生の背中を見送りながら、どきどきとうるさい心臓を押さえた。
(…両手が空いてたら、ここでぎゅーってするつもりだったんですか…!?)
言わずもがな、ここは学校で、わたし達は先生と生徒だ。
先生と生徒であり、恋人同士でもある。
これが、誰にも言えない、わたし達だけの秘密。


Chocolate melts in a star
 


「はい、ご苦労さま、全員提出?」
アレン先生から熱々のカフェオレを受け取りながら、わたしはありがとうございます、と言葉を返す。
「はい、うちのクラスみんなアレン先生のこと大好きですからね」
「ええー?」
イスに腰掛けながら、アレン先生は苦笑した。その隣にイスを運び、いつものようにわたしも腰掛ける。
「あ、伊藤先生もう退勤したからそこのイス使ってもいいですよ」
アレン先生の隣は伊藤先生の席。だけどわたしは小さく首を横に振った。
「このままでいいです、この方が好きなんです」
小さく笑いながらそう言えば、アレン先生は「物好き」と言って優しく笑った。

「ねぇ、その『大好き』には、なまえも含まれてるんですか?」
アレン先生は時々、興味本位で答えにくい質問をしてくる。答えに躊躇うわたしを面白がって、にこにこしながら返事を待つ。意地悪。
「…ふ、含まれてると、おもいます、よ」
「ぷ、何でそんなぎこちないんですか」
「せ、先生が、恥ずかしいこと聞くからじゃないですか…」
「えー、最初に言い出したのはなまえですよね?」
「そうですけど…」
「それとも、みんなの言う『大好き』と、なまえの言う『大好き』は、少し意味が違うからですか?」
ほらもう、またにこにこしながらそういうこと言う。
「…そ、そういえばもうすぐクリスマスですね!」
「あ、ごまかした」
アレン先生のデスクにあった卓上カレンダーには、12月を象徴するクリスマスツリーの絵が小さく描かれている。苦し紛れに話題を逸らせば、先生はカレンダーを見て「クリスマスかぁ…終業式の日ですね」と呟いた。そしてそっとわたしの耳だけに届くよう、少し屈んだ。
「…冬休みに入るし、仕事終わった後、一緒に過ごしませんか?」
こっそりと耳打ちされた言葉に、わたしの心臓はまた跳ねる。
「…いいんですか…!?」
「その日会議あるけど5時には終わるし、他の先生達すぐ帰るから、何なら研究室とかで暖かくして待っててください」
「あはは、教室暖房効かなくて寒いですもんね」
「車で少し遠出するのもいいですね。どこか行きたい場所ありますか?」
「どこでもいいです、アレン先生と一緒にいられるなら」
嬉しい、アレン先生と一緒に過ごせるなんて夢みたいだ。緩む頬を抑えることも忘れ、わたしは小さくガッツポーズをした。
「……何でそう、可愛いんですかね君は」
ぽすん、と頭に感じる手のひらの温もり。そのまま優しく撫でるその手が気持ち良くて、思わず目を細める。猫にでもなった気分だ。
今度はぽすん、と柔い力で腕の中に閉じ込められる。まるで時が止まったみたいに、外の音が聞こえなくなる。聞こえるのは、温かい、心臓の音。
「…ケーキ、買わなきゃですね」
「ろうそくも立ててくださいね」
「先生、それじゃあバースデーケーキですよ」
くすくすと小さく笑うと、先生は
「お祝いしてくれないんですか?せっかくの誕生日なのに」
と、小さく笑いながら言った。



………へ?



「……アレン先生、お誕生日、いつですか…?」
恐る恐る、顔を起こす。

「12月25日です」



………初 耳 !

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