dgmこびん | ナノ


パタン、と静かに閉められた研究室のドア。閉めた人物はさてと、と呟いて、それからくるりとわたしに振り返りにっこりと微笑んでみせた。
「じゃ、始めようか」

…何を?

どうやら何かを始めることにした彼は、シャツの袖を捲りながらゆっくりわたしに近づいてきた。当然わたしは同じようにじりじりと後ずさりした。いや、だって、普通に警戒するよ、いくら良い人そうでも、コムイ先生のお知り合いだとしても。見ず知らずの男性にいきなり始めようか宣言(何が始まるか分からないけど)されたら誰だってこうなるよ。

「…え、ぁ…の…」

…驚いた!人間って本当にピンチの時って声が出なくなるんですね!やだもう泣きたい!学食行きたい!

「久々にやるからなぁ、上手くやれるといいんだけど」

だから何を!主語を言ってください!
ああもうコムイ先生のばか!何でそうやすやすと出て行っちゃうんですか!先生の授業割と好きだったけど来年から取りませんからね!いや必須科目だわ!だめだ!

「ひゃっ…!」

びくんっ、と身体が跳ねた。彼の両手が、わたしの肩に到達してしまったからだ。
あ、もうだめかも、だってこの人とんでもない馬鹿力だったもん、絶対敵わないもん。

「…っ、」
「…じっと、しててね?」

優しい言葉と引き換えに、そっと合わせられた、額。
わたしは色々なものに諦めを感じて、いよいよ両目をぎゅっと瞑った。




きらきら、


小さな星屑みたいな、たくさんの光が見えた。ほんのりと額が暖かくなって、それが全身に広がる。
思わず目を開くと、目の前に見えたものは、


遠い遠い昔に見た、夢みたいな、本当の景色。


青い海、どこまでも続く青空、まあるい屋根の可愛い家、りすやうさぎ、青々と茂る木々、歌うように鳴く小鳥たち、あちこちから聞こえる子どもの声、

それから、

優しい笑顔で手を差し伸べる、緑色の服を着た男の子。


この、童話みたいにきらきら輝く情景を、わたしは知っている。
知っていたはずなのに、ずっと忘れていた。


「…ピーター…?」
「よかった、上手くいったみたいだね」
そう言ってにっこり笑った彼。
わたしは驚いた。見ず知らずの彼の名前を言えた自分にではなく、あんなに大切だった思い出を忘れてしまっていた自分に。

「久しぶり、なまえ」


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