dgmこびん | ナノ


幼い頃の記憶なんて、あてにならないことはよく分かっている。だからわたしは、前を向いて歩かなければならない。そうでないと、誰もわたしを前進させてはくれないのだから。





「お先に失礼しまーす」
店長の「おつかれー」という気だるい声を背中に受け止めて、バイト先を後にした。とぼとぼと歩く夜道。見上げた頭上にはぴかぴか、綺麗な星。



右から2番目の星は、今夜も変わらず、万人に優しい。


(……今夜、『も』?)

気づけば、そこに随分と長く立ちつくしていたわたし。はた、と我にかえり、ふるふると首を振って不思議な邪念を振り払った。疲れているんだ、きっと。
「…かえろ」
そういえば、今週提出するレポートがまだ終わってなかった。それから、資格試験の申し込みもしなきゃ。それから、それから…。

ふぅ、と、理由の分からないため息が漏れた。


小さなアパートに着いて、ポストの中身をチェックする。ダイレクトメールと、広告と、それから、
「…あれ?」
消印のない、小さなポストカード。うちのポストに来客が来たらしい。

【 なまえ

 もうすぐ、会いにいくよ】


とてもシンプルな、2行足らずのメッセージ。差出人は分からない。だけど、羊皮紙の切れっぱしみたいなカードには、どことなく見覚えがあった。知らないはずなのに、懐かしいと思う自分の感覚が、ひどく不思議で奇妙だった。



 さよなら、ピーターパン



大学は、楽しいと思える場所だった。友達はみんな仲良しだし、講義も興味深いものがたくさんある。

「なまえー、学食いこー」
「あ、ごめん、レポートだけ提出してくるね」
「分かったー、先に席とっとくね」
ありがとう、と友達にお礼を言って、教授の研究室まで足を速めた。

「…あ、」
研究室の前に来ると、何やら人の声。教授にお客様がお見えのようだ。わたしは少しだけ考えて、レポートとにらめっこ。…いいや、また後で来てみよう。そう決めて、くるりと踵を返した。

その、直後だった。



「なまえっ!」

後ろから、わたしの名前を大声で呼んだ、誰か。驚いて、くるりと振り向こうとした瞬間、
「うわっ!?」
「良かったー、やっと会えた!」
突然過ぎて、頭が回らなかった。見ず知らずの人に抱きつかれるなんて、滅多に経験できるものじゃない。

「驚いた、なまえちゃん、アレンくんとそういう仲だったのかい?」
「コ…コムイ先生、この方は…」
「え、知り合いじゃないの?」
「なまえ!僕のこと覚えてないの!?」
「いやあの…その前にまず離してほしいんですけど…」
「そうだよー、そろそろ離してあげないとなまえちゃんの背骨が折れちゃうよー」
そうなんですコムイさん笑ってないで助けてください。背中が変な方向に曲がって悲鳴をあげそうだ。どうやらこの人、細身の割に相当な馬鹿力らしい。
ようやく渋々と両手をほどいたその人は、おかしいな〜とかそんなに老けたかなぁ〜とか呟きながら、空いた両手をただぷらぷらさせていた。
「(へ、変な人…!)あの、先生これ、レポートお願いします」
「ああ、はいどーも。ところで本当にアレンくんのこと知らないの?」
わたしのレポートを受け取ってテーブルにポンと置いた先生(相変わらず机が汚い!)は、そんなのどうでもいいからとでも言うように早々に話題を変えてきた。何そのぞんざいな扱い、レポートに費やしたわたしの労力返して!でもコムイ先生絶対A判定以上くれるから嫌いじゃないよ!
「…はい、あの、多分初対面かと…」
ちらりとその人を見れば、まるで飼い主に忘れられた子犬みたいな瞳で見つめ返された。何だあれ、あの見事に良心を抉ってくる潤んだ瞳は。
「本当に?アレンくん子犬みたいな目して見つめてるけど」
「…だから、本当ですって…」
「じゃあ、アレンくんは何でなまえちゃんの名前を知ってるんだい?」

…そうだ、どうしてこの人がわたしの名前を知ってて、どうして、『やっと会えた』なんて…
ますますわけが分からなくて、わたしもコムイ先生に倣って視線を送った。

改めて見ると、綺麗な顔立ちをした男性だった。言葉だけでは分からなかったけど、髪や瞳の色は日本人のそれではなく、潤んだ銀色をしていた。

きらきら、潤んだ、銀色。


多分、彼は、確か…

「…あ、あれ…?」

ずきん、頭の片隅が酷く痛んで、思わず手を当てた。

「…やっぱり、そうだったかぁ」
「え…」
その人は、やけに意味深に呟きながら頷くと、ゆっくり、わたしに近づいた。
ぽすん、と頭に感じる重み。温かさ。初めて触れられた人なのに、何故だか、
わたしは、この感覚を知っている気がした。

見上げた先には、うん、と頷く屈託のない笑顔が見えた。

「コムイさん、ちょっと一旦退室してもらえますか?」
「別にいいけど、ここ僕の研究室だからね?ヘンなことで使わないでよね?」
コムイ先生の返事に、彼は何も言わずただにっこりと微笑んだ。
痛む頭を押さえながら、あ、これわたし何かされるのかもな、とどこかで警戒心を駆り立てた。



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