dgmこびん | ナノ

『かわいそうなこども』


そんなレッテルを首から下げて暮らす男の子がいた。
彼の名前は、アレンといった。
少し灰色がかった白い髪の毛と、水面みたいに吸い込まれそうな色の大きな瞳、そして頬から額に伸びる赤い傷痕。どれをとっても彼の容姿は人目を引くものだった。

だけど、何より、わたしが彼から目を離せなかったのは、その儚い雰囲気からだった。放っておいたらいつのまにか消えてなくなりそうな子、胸を締め付けられる何とも言えない感情に、子どもながらに泣きそうになったのを覚えている。それは単純に『かわいそう』に見えたのかもしれないし、そんな彼を見て自分の置かれている立場はまだましだと、どこかで優位に立っている気になったのかもしれない。

『あの子には近づいちゃだめ』
『不幸になるんだ』
『3丁目の子が、交通事故に遭った』
『1丁目の子が飼っていた犬が死んだ』
『あの子のせいだ』
『みんな、あの子が関わったせいなんだ』

大人も子どもも、口々にそう言った。誰も、あの子に近づかなかった。あの子はいつもひとりだった。

だけど、わたしは、考える前にその足を前に進めてしまっていた。
気付いた時には、もうすでの手遅れだったのだ。






「…いった、」
しまった、慣れない靴で歩いたからだ。わたしは右の靴を脱いで、踵にできた痛々しい靴ずれの痕をそっと撫でた。ぴりぴり、ずきずき。痛みを主張する踵と、それに似つかわしくないうさぎのマスコットがついた可愛い靴。こんな靴、ちっともわたしらしくないのに。


「どうしたの」

一瞬、空耳かと思うほどの小さな声が聞こえた。振り返ると、ランドセルを背負った一人の男の子が近くの神社の階段を駆け降りてこっちに向かってきていた。

アレンくん、だった。

「足、ちょっと見せて」
「え、あの…」
「…そこ、座って」
あれよあれよという間に、手際よく手当てされていく自分の足を、わたしはよく分からないままされるがままだった。
神社脇の湧水で洗い、綺麗に絆創膏を貼られたわたしの足。

「できた。少しは痛くなくなったと思う」
「…あり、がとう…」
びっくりして、何から驚けばいいのかよく分からなかった。アレンくんが初めて声をかけてきたことも、手当ての手際がいいことも、こんなふうに、人に優しくする姿にも。

ぽつ、ぽつ。
「…あ、雨…?」
頬に落ちた水滴を感じ、空を見上げると、いつの間にか空いっぱいに広がっていた黒い雲。遠くでごろごろ、と雷が鳴り始めた。途端、さあさあと強くなってきた雨脚。
「わ、降ってきた、どうしよ…っ」
傘を持っていなかったわたしは、咄嗟に手で頭を覆う。とにかく、ここから離れなきゃ、そう思って立ち上がろうとすると、

「こっち、早く」
「え?わっ、」

ぐいっとアレンくんに手を取られ、神社の階段を駆け上がる。時々躓きそうになったけど、アレンくんに手をしっかり握られていたから転ばずに済んだ。
神社の境内に入り、屋根で雨を凌げる場所まで着いた。すっかり息が切れていたわたしは、ようやく息を整え始めた。
「通り雨だから、多分もう少ししたら止むと思う」
「そっ、か…」
アレンくんはそっと、握っていた手を離して、腰かけた。一人分あけて、わたしも座った。

「…あの、アレン、くん」
初めて、彼の名前を呼んだ。アレンくんは何も言わず、顔だけをこっちに向けた。
「ありがとね、色々…絆創膏とか」
拙い言葉でお礼を言うと、それまで無表情しか見たことのなかったアレンくんの顔が、ほんの少しだけ、微笑んだ。
「アレンくんとしゃべるの、初めてだね。わたし、まだこっちに引っ越してきたばっかりで、学校でもまだあんまり友達いなくて、あっ、でも2組のみんなとは半分くらいしゃべれるようになったよ。アレンくんは1組だよね?1組の子とはまだしゃべったことなかったから、アレンくんが1組の中で最初にしゃべったことになるね」
静かになるのが少し気まずくて、わたしは思いつくことをべらべらしゃべった。アレンくんは小さく頷いたりするけど、あんまりしゃべらなかった。
「この神社、よく来るの?2組の子が、ここは幽霊が出るから怖いんだって言ってたよ」
「…出ないよ、噂だけ」
ぽつりと、アレンくんが言った。
「…静かなんだ、ここ。時々近所のおじいさんが掃除に来るくらいで、あとはずっと、僕だけ」
小さな草を手に取って、くるくるいじりながら、アレンくんはそれを見つめていた。

「…じゃあ、ここに来れば、アレンくんとおしゃべりできるんだね」

気がつけば、そんなことを口走っていた。
「…え、」
「わたし、学校終わったら毎日ここに来る。そしたらアレンくんと2人で会える」




今思えば、わたしは、逃げる場所が欲しかったのかもしれない。
付き合いの浅い友達、新しいお母さんに兄弟、住みなれない土地、家。
そういうものから逃げたくて、利用したかったのかもしれない。


「…別に、いいよ」
照れくさそうに呟くアレンくんに、わたしはほっとして胸を撫で下ろした。

「2人の秘密の場所、だね」




彼の笑顔を見れるのは、わたしだけでいい。
誰にも邪魔されない、この場所で
他には何も、いらない。





空色絆創膏




*******

リハビリがてらに思いつくまま書いただけ。
色々設定を織り込んでみたけど、続くかどうかはわからないなぁ。
不幸体質&複雑な環境で育つ2人。

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