dgmこびん | ナノ

「もう、いやだ・・・離して、」
きりきり、締め付けられて、わたしはわたしを見失いそうになる。

この、性差による圧倒的に優位な力と精神の脆弱さを武器にわたしを封じ込める目の前の男に、叶わないと分かっていながらも「離して」と懇願するわたし。
そんなわたしが、一番いやらしくて、意地汚い生き物だ。
わたしを見下ろす彼の片目がそう錯覚させる。


「離さない。離してなんか、やらない」

トレードマークであるバンダナを外した彼は、ある意味、足枷を外した獣そのものだ、と、歪んだ視界が教えた。

「離すかどうかは、俺が決める。なまえには関係ない」


なんて冷たい言葉を吐く人なのだろうか。
わたしが関係ないのなら、あなたが強く掴んでいるこの手首は誰のものかと問いたい。
痛くて痛くて、指先の感覚はほとんどなくて、もはや血管も役目を果たしていないのではとさえ感じる。


「・・・い、たいよ、ラビ、離してっ・・・」

痛みで歪んだ顔と声では、彼に半分も意思が伝わらない。

「痛くしてるんさ、お前が、逃げるから」

・・・ほら、また、“被害者”みたいな顔をする。


「・・・どうして、裏切るんさ。俺には、なまえしかいないのに、どうして、それを知ってるなまえが、逃げるんさ、」

どうして、どうして、
彼はそう繰り返し呟きながら、わたしの首筋に顔を埋める。


「どうして」?
そんなの知らない。わたしに聞かないで。

わたしが知ってるのは、いつも飄々としていて、楽観的で、感情なんて微塵も読み取れない笑顔を貼りつけているあなただけ。
あなたがいくら「寂しい」「苦しい」とわたしに訴えてきても、それはわたしの知ってるあなたではないから、わたしはそれを受け取らない。


「・・・寂しい、たすけてよ、なまえ」

「・・・っやだ、離してラビ、」

「俺は、どうしたらいい?分からないんさ、なぁ、なまえ・・・」

「・・・っラ、ビ・・・」

やめてやめて、そんな目で見ないで。
わたし知らない、こんなのラビじゃない、こんなラビは、知らない。

「・・・・・・あいしてよ、なまえ」

彼はわたしに「あいして」と呟きながら、涙を流した。

彼は卑怯だ。
どうすればわたしを逃がさずに済むかを熟知している。

「よく似合ってるさ、この指輪」

抵抗をやめたわたしを見て、彼は嬉しそうにわたしの左手に触れた。
彼の左手に同じように光る指輪が視界に入って、わたしは、もう逃げてはいけないのだと、消えそうな意識のなかで悟った。







指輪なんて、鎖のようなものだ。

小さく光るダイヤモンドは、さながら監視役の番犬。わたしを縛り付け、自由を食い物にして、醜く輝く。

「・・・こんなの、ほしいなんて、頼んでない、」

わたしはそっと、指からそれを外した。

ふいに、自由になれた、気がした。
そうしたら、なんだか身体中の力が抜けて、頬に涙が伝った。
声に、ならなかった。
そうだ、こんなもの、外してしまえばよかったんだ。
棄ててしまえばいいんだ、こんな鎖。

ぎゅ、と、震えるほどの力でそれを握りしめ、下唇を噛んだ。

終わらないのなら、終わらせてしまえばいい。


わたしは、握りしめた拳を高く振り上げて、勢いよく指輪を床に叩きつけた。

こん、と、大きな音を立てて、指輪が2、3度跳ねる。
さほど遠くへ行くこともなく、その場でくるくると回り、やがて力なく止まった。



「――なまえ、?」

動かなくなった指輪をただ眺めていると、聞き覚えのある、優しい声が響いた。


「―アレ、ン・・・?」

「珍しいね、こんな朝早くに、どうしたの、?なまえ、なんで・・・泣いてる、の?」

アレンはそっと近づいて、わたしの頬に触れた。
涙を拭う彼の手が、悲しいくらいに温かくて、せきを切ったように涙が溢れだした。


「わ、わっ…泣かないでよ、せっかく拭いたんだから!」


焦って足場をばたつかせた彼の足に、こつん、と、光るものが当たった。
アレンが不思議そうに足場を見下ろす。

さっき、わたしが棄てた、指輪。

「…っなまえ、これ、大事なものじゃないか!」

ごめん、蹴っちゃったみたい、

そう言って、するりと彼の手が頬から離れた。
彼はかがんで指輪を拾い上げ、「はい、なくさなくてよかったね」と微笑んで、わたしに指輪を差し出した。


「これ、ラビとお揃いなんでしょ?うらやましいな」

そう言って柔らかく笑うアレン。

「・・・うらやましくなんか、ないよ、」


だって
こんなものがあったから、アレンの手が、わたしの頬から離れていったんだ。
こんなものがあったから、わたしは自由をなくしたんだ。


「――なまえ・・・?」


「寂しい」と訴えるあの人の真意なんか、わたしは、知らない。
知りたくも、ない。




それでも拒みきれないのは、彼の寂しさが見えてしまったから。

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