dgmこびん | ナノ


 ―しずくあめ―
  case3:Allen




♪あーめあーめふーれふーれ
かーあさーんがー、
じゃーのめーでおーむかーえ
うーれしーいなー


「ねぇアレン、じゃのめって何だろう?」
お気に入りだという淡いサックスブルーの傘を揺らしながら、かの有名な童謡を口ずさむ彼女。突然くるりと振り向いたかと思えば、その口からは予想外の質問。

「さぁ…なんか、地名じゃないですか?」
「そうなの?」
「いや、違うと思います」
「えー、何それー」
はっきりしない僕の返答に、彼女はけらけらと肩を揺らして笑う。雨をも味方につけてしまうほどの、何とも柔らかくてぴかぴかした笑顔。この彼女にしか作り出せない笑顔が、僕はこの上なく好きだ。

「あ、アレン、飴いる?」
思い出したかのように制服のポケットを探り、おもむろに小さな飴を取り出した彼女。さして断る理由もなかった僕は、ありがとうございますとそれを受け取った。
「大丈夫?変な味しない?」
「は?」
袋を破いて飴を口に放りこんだ僕を見て、彼女はなぜか心配そうに尋ねる。

「今日ね、学校で知らない男の子にもらったの。3年生の上履きだったよ」
「…またですか」
…口内でころりと動く飴が、急に不味いものに感じて、僕は堪らず顔を歪めた。見ず知らずの野郎の手から渡った飴を、今僕は口に入れているというのか。なんて不快なんだ。
「…知らない男から、物もらうんじゃありません」
「だって、くれるって言うから」
「何でもかんでももらってこないでください、またそうやって勘違いさせるんですから」
ぶちぶちと非難する僕に、彼女は「はーい…」と呟いて、叱られた子どもみたいにうなだれた。


…なぜだか、僕の幼なじみはやたらと男受けが良い。小さい頃から、それこそ幼稚園の頃から、彼女を取り合う喧嘩があちこちで勃発していたくらいだ。
無駄に愛嬌のある容姿と、守ってあげたくなる小動物のような愛くるしさを兼ね備えた彼女は、男からもてはやされる反面、女子の反感を買ってしまうことも多い。
幼なじみであり、彼女の兄のようなポジションを長年キープしてきた僕は、彼女を守る役目を自然と背負うようになっていた。

「ただでさえ誤解されやすいんですから…学校では大人しく過ごすんじゃなかったんですか?」
「ちゃんと大人しくしてるもん」
彼女はぷう、と頬を膨らませて僕に反論する。…だからさ、そういうのがいけないんだってば。
「…変な男に言い寄られたり、女子にいじめられたりしても、僕はすぐには助けに行けないんですからね」
彼女と違う高校に進学したことを今更悔やんでも仕方のないことなのだが…心配は日々募るばかりだ。

「大丈夫だよ、アレンは心配性だなぁ」
「そうさせてるのはどこの誰ですか」
「もー…口うるさい小姑みたいだよアレン」
「こじゅっ…!?」
むかぁ!と眉を吊り上げて思わず大声になった僕に、彼女は「わぁー、アレンが怒ったー!」とわざとらしく叫び、走って逃げ出した。

「大丈夫だよー!そんなに心配しなくても、ちゃんとアレンの隣にいるもんー!」

彼女は少し離れたところからそう叫んだ。ぱしゃんっ、と水溜まりを弾かせて、靴が濡れるのも厭わないほど、楽しそうに笑った。
あまりに愉快にはしゃぐ彼女を見て、あぁ、僕はなんて小さい男なんだと、何だかどうでもよくなってきて、ふにゃりと情けなく笑った。


「…他の野郎になんか、渡さない」

誰にも、渡さない。渡すもんか。

「アレンー!何してんのー帰るよー?」
「はいはい、今行きますよ」


先程彼女が思いきり踏み入れた水溜まりを、まるで聖域のように、僕は静かに跨いで通る。

水溜まりに光が反射して、きらきら揺らいでいるのが見えた。ゆっくり上を見上げると、輪郭のぼやけた太陽が雲から顔を覗かせていた。

雨はいつの間にか上がっていた。

口内にあった飴は、いつの間にか溶けてなくなっていた。




しずくあめ
 (あめにとけた、愛情)




***

世話焼きアレンさんと、手のかかる幼なじみのおはなしでした。
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