dgmこびん | ナノ

 ―しずくあめ―
  case2:Lavi




「まいったなぁ…」

梅雨入りを迎えたことはもちろん知っている。だけど今日の天気予報では、降り出すのは夜中からだって言ってたから。だからわたしはお天気お姉さんを信じて傘を置いてきた。それなのにこの仕打ち。まるでお姉さんに裏切られたような気分だ。
辛うじて持っていた大きめのタオルを鞄から引っ張り出して、ぺったり張り付く制服の袖を拭いた。

咄嗟に雨宿りした場所は、学校の近くの小さな神社。大きな木々におおわれたここは、森みたいに静かで、ほんの少し現実から切り離された場所みたいだ。


しと、しと、
神社の石段に腰を下ろして、ちっとも止む気配のない雨をぼーっと眺めた。木の葉に伝った雫が、ぽたりと小さく音を立てて落ちる。
ぽたり、ぽた、ぽたり、
不規則な音色が、わたしの耳を麻痺させていくのが分かった。
「まいったなぁ」なんて言ったけど、案外こんな時間も悪くないのかもしれない。
霞みがかった緑が、儚くて不気味で、綺麗だった。




その、綺麗な緑の合間から、不自然な色が見え隠れし始めた。

雨模様に似つかわしくない、太陽みたいなオレンジ色。

「…っあーもう、びっしょびしょさー」
「ラビ!?」
「んぉ?何だ、そっちも雨宿り中?」

言葉の通り、びっしょびしょに雨を含んだラビが、木の合間からひょこっと顔を出した。そしてそのまま、雨から逃げるようにして神社の石段へと駆けてきた(要するに、わたしの隣)。
「ラビもお天気お姉さんに裏切られたの?」
「おー、夜中から降るっつったのにな」
ラビはへへっ、と、さほど気分を害していない笑顔を見せた。
ていうかこの子、半端なくびしょびしょだ。

ばさっ、
「ぅわっ!何さいきなり!」
「しなしなになったにんじんみたいになってるよ」
「ちょ、残念な例え!」
「いいから、じっとしててー」
わたしは持っていたタオルで、ラビの頭をわしゃわしゃと乱雑に拭いた。ラビは「ははっ、なんか犬っころになった気分」と、これまた楽しそうにくしゃっと笑った。
「こんなに濡れてたら風邪引いちゃうよ」
「…そういうお前も、結構そそるカッコしてますけど」
透けてんぞ、下着。
ラビは淡々とそう言って、わたしを指差した。
「えええ!!」
「うっそぴょーん」
「…っ、さいっあく!小学生みたいなからかい方しないでよ!」
わたしはかぁ、と、それこそ小学生女子みたいに頬を赤くして反撃した。ラビめがけてぶつけたタオルが、ぼふっと音を立てる。彼はさしてダメージを受けず、容易にそれを掴んで、どや、と言わんばかりの表情を見せた。

「…ねぇ、もっかい拭いてよ」
ラビははい、とわたしにタオルを差し出す。
「へ、やだよ自分でやってよ」
「嫌。やって」
「駄々っ子!」
「いーじゃん、たまには甘えてみたいんさ」
「…もー」
わたしはラビの押しに負けて、仕方なく彼の柔らかい鮮やかな髪を拭いた。
「なぁ、さっきよりやる気が感じられねぇんだけど」
「だってやる気ないもん」
「さっきみたいに、わしゃわしゃってやって」
「わしゃわしゃー」
「ちょ、それ声で言ってるだけさ!」
「腕が疲れたよー」
「しょーがねぇなー、じゃあこうするか」
一緒にやれば問題ねぇさ。

「っ、」
彼は、わたしの手を上から握るようにして、わしゃわしゃとタオルを動かし始める。突然のことに準備のできていなかったわたしは、抵抗する暇もなくただ動かされるがままだった。男の子らしい、骨ばった、硬い手。大きくて、ほんの少しだけ、冷たい。

「乾いた?」
「え、あ、うん、多分」
さんきゅー。彼はそう言ってわたしの手を離し、タオルを手渡してきた。渡されるがままそれを受け取ると、ラビはそのまま、ばさりと、今度はわたしの頭にかけてきた。
「わぷっ」
「ハイお客さまー、かゆいところはありませんかー?」
「ちょっ、ラビ!」
「え?つむじがかゆい?わっかりましたー」
「ちょ、いたたたた、押し過ぎ!つむじ押し過ぎ!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐわたしに、ラビはただ楽しそうに声をあげて笑った。自分たちのやりとりがあまりにばかばかしくて、わたしも思わず笑った。

ふと、鼻をかすめたタオルから、ラビの匂いがした。ぴた、と笑いが止まったわたしを不審に思ったラビは、「どうしたんさ?」とわたしの顔を覗きこんだ。わたしはそれに驚いて、思わず後ずさりを、


するはずが、叶わなかった。




ぐい、と、タオルと一緒に引き寄せられる頭。
あ、顔が近い、
瞬間的にそう思った頃には、もうラビとの距離はなくなっていた。



「…悪ぃ、我慢できなかった」

いい匂いすんだもん、あんた。






…ああ、なんだ、

わたしも結局、彼と同じだったのね。





 しずくあめ
 (鼻をくすぐるあまやどり)






***

ラビさんと雨宿りすると絶対飽きないと思う。

拍手ありがとうございます◎
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