dgmこびん | ナノ


「いつまで寝とるん?はよ起きんとうちまで置いていかれるじゃろ!」
不機嫌な罵声とともに、ばっ、と容赦なく引き抜かれた枕。そのせいで、僕の頭はごんっ、と痛々しい音を立てて床に着地した。わわわわわん…という妙な響きが頭のなかを駆け巡る。
「ちょっ…いきなり何しちゅう!?思いっきり頭ぶつけてしもたやろ!?」
「夏休みじゃからってこーんな時間までごろごろしとるアレンがいけん!」
涙目で後頭部をさする僕に臆することなく、ふんっと鼻を鳴らして仁王立ちで構えるなまえ。

…こんなんでも、一応僕の幼なじみだ。

「おっまえなぁ…ちったぁ女らしゅうせんと、『大好きな神田』に逃げられるで」
「あんたが早起きになればええ話じゃ」
僕の皮肉も何のその、あっけらかんとマイペース発言をかましたなまえ。
「せっこ…!そんなんただの他力本願じゃ!」
「うるさいわ!外人さんの顔で方言丸出しのあんたに言われとうなか!」
「はぁあ!?そんなん関係ないじゃろが!」
思わず声を荒げる僕。確かに自分でもミスマッチな人間だと思うのだが、この地で生まれ育った手前やむを得ない結果であり、決して的外れな反論はしていない、はずだ。

「もー!あんたら朝っぱらからギャーギャーうるさくてしゃーないわ!」
はよ学校行きーや!という母の罵声を耳にキャッチした僕は、時計を確認して仕方なく重い身体を起こすことにした。


「…あっついなぁ…」
じりじり。天から、コンクリート固めの道路から、日射しがあちこちから容赦なく攻めてくる。暑くて頭がおかしくなりそうだ。僕は背中に流れる汗と密かに格闘しながら、隣で同じく汗を流す彼女を盗み見た。
「そういえば、」と、彼女は思い出したように言葉を続けた。僕は急いで視線を前方に逸らした。
「今日のプール当番、ティキぽん先生らしいで」
「げ、最悪じゃ…!」
「何で最悪なん?ティキぽん先生優しいじゃろ」
「優しいのは女子にだけじゃもんあの先生…僕ら男子は完璧放任になるか、からかいの標的になるんよ」
僕の言葉を信じているかどうかは分からないが、なまえは「へぇー」と薄く笑って、汗で貼りついた前髪を指で分けた。
…この仕草をするときの彼女は、意外なことに、15歳にしてはなかなか色っぽく見える。僕は彼女に見つからないように、ほんの少しだけ息を飲んだ。



…もう少しだけ、近づいても、
僕なら、

『幼なじみ』の僕なら、

許されるだろうか。


「……、」

じーわ、じーわ、
みーんみんみん、
道の両脇に続く大木の群れ。そこから聞こえる、蝉たちの大声。この林道だけで一体何匹の蝉がいるのだろうか、なんていう途方もないような疑問は、即座に空へ投げ捨てた。

蝉なんか、どうでもいい。

暑さのせいで、どうやら僕の頭も本格的におかしくなってしまったのかも知れない。



…触れたいんだ、今すぐ。



彼女の目を盗んで、ゆっくりと彼女に手を伸ばす、

あと、3cm、

2cm、




「…あっ!神田発見!」

少し遠くに見つけた人物を見て歓喜の声を挙げ、走りだしたなまえ。まるで僕の手をかわすみたいに、するりと。

「人を新種発見みたいに言うな。あと遠くから人を指差すなアホ」
ぺしっ、と力の抜けた音と同時に、「いったぁ!」と叫んで頭を押さえたなまえ。
「もうっ、神田がうちの頭ばっかぺしぺし叩くから、うちの身長縮んでしもたんやで!?」
「知るか、俺のせいじゃねぇ」
「明らかあんたのせいじゃ!うち、神田の彼女なんよ?もっと優しゅーてもええじゃろ!」
「いいじゃねぇか、彼氏からのスキンシップっつーことで」

神田はそう言って悪戯顔で笑いながら、相変わらずなまえの頭をぺしぺしと軽く叩いた。それは次第に『叩く』というより、『撫でる』に近いものになっていた。なまえは「…調子ええんじゃから」と眉をひそめるが、すぐに頬を赤らめて笑みを溢した。

…何だ、この疎外感。

「…朝っぱらから暑苦しいのう」
「あ?何だ、いたのかモヤシ」
「アレンですってば。君、転校してきて1カ月経つんですから、いい加減名前覚えてくれませんかね、な・ま・え」
「ちょ、標準語になっとるよアレン!」
…なまえ曰く、僕の標準語は何故かとても恐ろしいものに聞こえるらしい。
「悪いな、胸糞悪い奴の名前は覚えない主義なんだ」
神田ユウは、ひどく気色悪いものを見るような目で、僕にそう吐いた。
「どういう意味じゃ」
「そのままだろ」
「……だから都会から来た奴はいけ好かんのじゃ」

「アレン、言い過ぎじゃよ、神田に謝って」
ぽつりと呟いた言葉にいち早く反応したのは、神田ではなく、僕の幼なじみだった。


―…先月、東京からこのド田舎に転校してきたばかりの『神田ユウ』。無口で無愛想で、いつまでも周りに馴染もうとしない彼にしびれを切らし真っ先に声をかけたのが、僕の幼なじみのなまえだった。
それからどういうわけか、気づけば二人は彼氏と彼女の関係へと発展していた。

神田ユウの存在は、どうしたって僕をイラつかせるものに変わりなかった。
それがたとえ、僕の身勝手な羨望と嫉妬によるものだとしても。


  ム カ つ く 。

僕は拗ねた子どもみたいに、口を固く閉じて彼を睨みつけた。すると彼女は、ぺちん、と僕の頭を引っ叩き、「頑固者っ!」と叱咤した。地味に痛い。


「…もういい、とっとと行くぞなまえ。早くプール入りてぇ」
「え、あ、待って、」

すたすたと歩き出す神田の背中を追いかけようと、足を速めたなまえ。


そのなまえの腕を、僕は勢いに任せて思いきり引っ張った。
「ぅわっ!?」と体勢を崩した彼女の背中を腕に閉じ込める。そして彼女に逃げられる前に、僕は、


ちゅぅ、

「っ!?」

「これは、『殺菌』と『消毒』。
それから、

あいつへの『宣戦布告』じゃ」


先程まであいつが撫でていた、彼女の頭部にキスをして、不敵に笑ってみせた。


夏と恋と冷戦勃発
(『幼なじみ』の底力、見せつけてやるよ)
(…ぶん殴んぞクソモヤシ)





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方言を話すアレンさんに挑戦…した結果が…これです。誰だこれ!
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