【久しぶりー。元気?】


携帯を開いて、送信者の名前が目に入る。

思わず携帯の故障を疑ってしまった。
携帯は何も悪くないというのに。

誰かと間違えて送っているのだろうか。



「疑わしきは罰せず」という信念に従って、素直に返信することにした。


【お久しぶり。元気だよ。そちらは元気ですか?】

【おかげさまで元気です。今何してんの?】

【家でごろごろしてる】

【いやそうじゃなくてね、今どこに住んでるの?】

【東京で大学生やってます】

【そうだったんだ。なまえちゃん俺に何も教えてくれなかったから知らんかったわ】


・・・なんだろう、この皮肉とも取れるような文面。

教えるも何も、この人に進路先を教える義務なんて、私にはなかった。
それは向こうも分かっていたはず、なのに。


返信する前に、向こうから連続メール。

【いつ地元帰ってくる?】

【来週から春休みだから、その頃に帰るよ】


「そんなこと聞いてどうするの?」

そう付け加えようとして、やめた。
私は必要最低限のことに答えれば、いい。


【そっか。じゃあ来週のどっか1日空けといて。同窓会やろー】

また随分と突拍子もない提案だこと。

・・・相変わらず行動の読めない人だ。



【分かったー。また連絡します】


  即 席 同 窓 会




そんなやりとりがあったのが、つい先週の話。
今日がまさに、「同窓会」当日。

待ち合わせ場所にいたのは、彼一人だった。

彼が弄っていた携帯から顔を上げ
私に気づいて、ぱたん、と携帯を閉じた。



「・・・久しぶりー」

(何て声をかけよう)
そんなことばっかり考えてたけど、
彼から声をかけてくれた。



「おひさし、ぶりです」

「はは、何すかその他人行儀」

「だってなんか、久しぶりで緊張するもん」

「そんな小心者だったっけ、なまえちゃんて」


“なまえちゃん”


今でも
彼に名前を呼ばれることが
こんなにも、苦しくて

 いとおしい なんて 。



「・・・うん、かれのみょうじくんほどヘタレじゃないけど」

「うわひでぇ!今なんか心臓に刺さった気がする」

「っあは、」


胸に両手を当てて眉をひそめる彼を見て
思わず、笑みがこぼれてしまう。


だって、あまりにも

「・・・変わってないね、かれのみょうじくん」

記憶のままの、彼が、目の前にいる。



「・・・なまえちゃんは、なんか、変わったね」

うっすらと微笑みながら、彼は小さく呟いた。


「・・・そう、かな」

「うん、なんか・・・東京人になった」

「おかげさまで住所変わって、晴れて都民ですよ」

「くそぉ都会に呑まれやがって、県民の心はどこへやった!」

「心はいつだって県民ですよ」


苦笑しながらそう答えると、彼はとても優しい表情をして

「・・・うん、でも、かわいくなったね」


そう、紡いだ。




あぁ、この感情
のまれていく
引き摺り込まれる

忘れてた、のに。

また、私は、蓋を開けてしまう。
彼に、蓋を、開けられてしまう。




「・・・ほめても、アメちゃんしか出ないよ。はい」

「まさかのアメちゃん!あ、どうも」


まだ、まだ大丈夫。



「ねぇ、あと誰がくるの?」

「へ、いやこれで全員」

「全員ってあなた、2人しかいませんけど」

「うんだから、2人」



「・・・聞いてない」

「聞かれてない」

「・・・だって、同窓会って、」

「“同じ学校で学んだ人と会う会”、でしょ。合ってんじゃん」

「・・・へりくつ」


そう言って口を尖らせる私に
彼はひどく楽しそうに目を細めた。


私がこういうリアクションをすると知った上での行動だったのだろう。


かくいう私も、分かってはいたのだ。
彼と2人で開く「同窓会」だということを。







「・・・えーと、あとドリンクバー2つください」

「かしこまりましたー」
ごゆっくりどうぞ。

そう言って去っていくウエイトレスさんを見ながら

「・・・『かしこまりました』って、ファミレスでそんなかしこまらなくてもいいのにね」

と、すごくどうでもいいことを呟いた彼。


前からそうだ。
彼はすごくどうでもいいことを真剣に考える。

まぁ、そんな性格だから理学部なんかに進んだのだろうけど。
なんとなく研究者向きの性格なのだ。



「・・・で、とりあえず近況報告ね」

「へ、あ、うん」

「なまえちゃんは、東京の大学で何してんの」

「えっと、心理学とか」

「そっか、じゃあ、第一志望んとこ受かったんだ」

「・・・うん」

がんばってたもんね、受験勉強。

彼はそう言って、ストローを咥えた。



「友だちできた?」

「そりゃあ2回生だし、さすがにいないとまずいよ」

「よかったね。なまえちゃん引っ込み思案だから、大学で一匹狼になってたらどうフォローしようかと思ってた」

「残念ながら余計な心配です。そっちは?S大でしょ?」

「うんそう、神木とか両角とかと一緒。すげぇ新鮮味に欠ける」

「ふふ、神木くんも理学部なんだー、頭よかったもんね」

「俺のが成績良かったけどね」

「どっちもそんな変わんないでしょ。・・・かれのみょうじくんだって頭よかったもんね」

「まぁ、英語はなまえちゃんには勝てなかったけど。密かにライバル視してたのに」

「・・・私だって、生物はあなたに勝てなかったよ」


「・・・よく、テスト見せ合ってたもんな、うちら」

「うん、プライバシーも何もなかったね」



いつの間にかテーブルに届いていた料理を
フォークでつついてみた。
この沈黙を乗り越えるためには、こうするしか手段が見つからなかった。



珍しく、何も発しなくなった彼を不審に思い
勇気を出して彼を覗き見る。


彼も同じように、フォークで残りわずかなパスタをつついていた。

2人して、何やってんだろう。
客観的に見た光景を想像して、思わず、苦笑してしまう。




「・・・俺さぁ」

搾り出すように、彼が話し出す。


「正直、今日なまえちゃんが来てくれると思わなかった」

「へ、な、なんで?」

「だって、まだ、気まずいと思ってた、でしょ」


そう言う、ってことは
あなたも、同じ気持ちだったってことですか?


「・・・俺も、正直、今日会って、何話そうかって考えちゃったし」

「・・・うん」

「でも、なんか、ね・・・うん」

わざとらしくはぐらかすと、そろそろ出よっか、と提案した彼。






ありがとうございましたー、というウエイトレスさんの声を背に
私達の足は、いつの間にか
母校に向かってた。


「さすがにこの時間だと、寂しげだね」

「もう部活終わる時間だし、3年生は自由登校だもんね、この時期」

「うん、あと、もうすぐ卒業だしね」


2年ぶりの母校は、何も変わってなくて
まばらに見える制服姿も、教室の机も、フェンス越しに見える校庭も

つい、この間まで
すぐ近くに存在していたものだった。


「ここ、このベンチ!」

運動部の部室の横に置いてある、古びた木のベンチ。
この場所で、私達はたくさんの思い出を作ってた。


条件反射のように、私達は並んで座る。


「懐かしいね」

「よくここに指引っ掛けて、木のトゲ刺さってたよねなまえちゃん」

「うあ、忘れてくださいそんな失態!」

「はは」









「・・・・・・ここで、俺、なまえちゃんに、告白した」

覚えてる?
そう言って振り向く彼は、どこか切なそうだった。


「・・・覚えてるよ、嬉しかったもん」

告白されて、「私も」って言うのがやっとだった。

「・・・うん、俺も、すげぇ嬉しかった」

“仲のいい友達”から、関係が動いたのは、この場所からだった。


「・・・なまえと、付き合ったこと、今も覚えてる」

「私も、忘れてないよ、・・・かれのなまえと付き合ってたこと」


“なまえ” “かれのなまえ”


お互いの呼び名が、もとに戻ったことをきっかけに

私は、今にも開きそうな蓋を、抑えることをやめた。



「・・・受験なんかを理由にして、別れたこと・・・本当は」



すげぇ、後悔してたんだ。




彼がそう言ったのが聞こえて
頭の中で噛み砕く前に

懐かしい、匂いがした。
懐かしい、感触だった。

男の子らしい、細いけど逞しい腕が
私の頭と背中を、引き寄せていた。



「・・・・・・かれのなまえ、くるしい」

「ごめん、」

耳元ですぐに聴こえるかれのなまえの心音は、早鐘のようだった。

見上げた先にあるかれのなまえの顔は、赤く、紅く、染まっていた。



「・・・どこかで、期待してたの」

「へ・・・」

「かれのなまえが、よりを戻したい、って、言ってくれること、期待してた」

だから、私は、待っていたの。


「でも、それは、お互い様だったんだね」

お互いに、待っていたから
この2年間、何も変わらなかった。


蓋を、開けてくれたのは、彼。


「・・・ありがとう、相変わらず、最高の彼氏だよ」



付き合う前から、この人はそうだった。
私の言いたいことを、誰よりも早く正確に汲んでくれた。


あなたのいなかった2年間
あなたの思い出だけでがんばれたの。


なんて言ったら、重たい女と思われるだろうか。



嬉しさと恥ずかしさで、私は彼の胸に顔を埋めることしかできない。

彼は、私を抱きしめたまま
離す気配を見せなかった。



「・・・っはー、俺も東京行きてぇー」

「あそびにおいで」

「そしたら泊めてくれる?」

「女子寮でもよければぜひ」

「いやよくねぇだろそれ、だめだろ!」

「ふふ、」


「・・・東京で浮気しないでくださいよなまえさん」

「かれのなまえさんこそ、寂しいからって女の子に走っちゃだめよ」

「うん、そのときはなまえのとこに走ってく」

「できれば新幹線とかできてほしいな、走るんじゃなくて」

「・・・バイトがんばります」



辺りがすっかり暗くなり、学生の姿も見えなくなった。

もうそろそろ帰ろっか、と呟くと
彼が、耳元に、顔を埋めてきた。

「っ、ちょ、ゃ」

「・・・耳、弱いのは、相変わらず、だね」

「え、ちょっ・・・っ、」



「ねぇ、なまえ」






――今日は、家に帰さなくても、いいよね?






彼が耳元で囁いた言葉に
私はただ、顔に熱が集まるのを耐えることしか、できなかった。



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