どんな色がすき?

  「きいろ」

きいろい色がすき

いちばん先になくなるよ

きいろいクレヨン


*゚・。*゚*゚・。*゚*゚・。*゚



きんきんと、幾重にも重なった頭に響く声。
さすがにこの至近距離では、リアクションなしでは済まされないと思う。
ていうか女子、体育館の入口に集まりすぎだと思う。


「ちょ、ねぇ、歓声が耳にすごい響くんだけど。すこーし静かにしてほしいんだけど」


無理矢理私の腕を引っ張って、こんな人口密度の高い場所まで連れてきた友人に呟く。

私が体調不良であることに感謝してほしいくらいだ。
身体にも声にも力が入らないせいで、やんわりとしか注意できないのだから。


それなのにこの人、

「ばか!あんたほんとにばか!あの光景を見て声を上げずにいられるあんたばか!」

いたわるどころか、体調不良の私に、ばかという言葉を3回も浴びせた。


泣きたい。もう何でもいいから帰りたい。
クラスマッチなんてもうほんとどうでもいい。
隣のクラスのかれのみょうじくん(バスケ部)がかっこいいとか、もっとどうでもいい。



ちなみに私と、隣にいる友人は先ほどまでバレーの試合に出ていたが、生憎2回戦で敗退した。

(2回戦目は私のサーブミスが敗因だったりする。だって足元ふらふらするんだもん仕方ないんだもん)


自分の試合が終わった今、本当は一刻も早く保健室に行って横になりたい。
それだけ私の身体は限界にきているのだ。
そんなこと誰も知らないだろうけど。察してお願いだから!

大して上手くもないバレーなんかやったせいで、「風邪気味」だったはずが、本格的な風邪になったらしい。

だからクラスマッチなんて嫌いなんだ。
いやごめん、そもそも風邪気味だった私の自業自得ですよねすみません。



「いやあぁぁぁ!!ちょ、今の見た!?やばいかれのみょうじくん超かっこいいシュート超かっこいい!!」

「ちょ、わかったから、痛い痛い肩叩かないでほんと痛い」

ばっしばっしと肩を容赦なく叩かれ(目線は変わらずコートを向いている)、同時にがんがんと、衝撃が頭に伝わる。
お寺にある大きな鐘の中にいる気分だ。入ったことないけど。



隣にいる友人だけでなく、あちこちの女子の群れから似たような歓声が聞こえてくる。

今この体育館にいる女子の8割くらいは、かれのみょうじくんに釘付けなようす。
かれのみょうじくんプレッシャーで圧死しませんように。




それだけの人気を集める彼、かれのみょうじかれのなまえくん。
誰がどこから見ても、確かに目をひく容姿をしている。

細っこいくせに、それなりに背があって意外とがっしりした身体。
照明に当たって栗色に見える髪は、くしゃっと無造作になっていて
くりくりとした目は、笑うと子どもみたいに細くなる。
その笑顔の、なんと可愛らしいことか。
女の子の視線を集めるのも頷ける。



ここまで聞くと、なんだか私が変態みたいに思われるかもしれないけど、どうか誤解しないでほしい。
私は一般的見解を述べただけであって、これは我が校の女子全員が持つ共通認識である。




と、ここまでかれのみょうじくんの話を語ってきたけれど、ぶっちゃけ今はかれのみょうじくんよりも自分が大事です。これ譲れないです。


「ごめん、やっぱ保健室行かして・・・」

「え、あ、うん、気をつけてねー」


友人はそう言ってこちらを向くが、まるであるべき位置に戻るかのように、すぐにかれのみょうじくんのほうに視線を移す。

なにさ、ついてきてもくれないんだ。そんなにかれのみょうじくんが大事か、ばか!友情ってなんなんだ・・・

あ、かれのみょうじくんまたシュート決めた。すごいねー笑顔眩しいねー。
・・・あれ、なんだか視界がぼやけてきた。


私はぶつくさ言いながら、あと1割くらい残ったわずかな体力を振り絞って保健室へ向かった。

その背後で、試合終了を知らせるホイッスルと、女の子たちの黄色い悲鳴みたいな声が遠ざかって聞こえた。


*゚


保健室にきたら、先生がいなかった。
多分校庭かどこかに駆り出されているのだろう。

私は勝手に冷蔵庫から冷却シートを出して、「借りまーす・・・」と誰に言うわけでもなく呟き、勝手にベッドを拝借した。



あぁ、布団気持ちいいな。
この真っ白なシーツが、今は自分だけのものだと思うと、優越感から思わずにやけてしまう。
幸せだなぁ。




「・・・いってぇ!」
がたがた




・・・頭は痛いし節々は痛いし色々つらいけど、ひえぴた気持ちいいなぁ。




がたんっ
  どたどた




・・・はぁ、これでやっと楽に・・・・・・




がしゃんっ
「あっ、やべっ」





「・・・・・・・・・」

なれない!ちっとも落ち着かない!
さっきからがしゃんがしゃんうるさいのは誰だ!


痺れを切らして布団から起き上がり、カーテンを開ける。
あ、やっぱまだ足元ふらふらする。




「・・・あ、ごめん、起こし、た・・・?」


さっきから騒がしい音をたてていた正体は

つい先ほどまで、体育館で華麗なボールさばきを見せていた彼だった。




「・・・なに、してるの?・・・かれのみょうじくん」


「いや、先生いなかったから自分でやろうと思って・・・」

かれのみょうじくんはそう申し訳なさそうに言って、ジャージを捲くって左足首を見せた。
さっきの試合で捻ったのか、赤く腫れ上がって熱を帯びているようだった。
わぁ、これ後で絶対青紫色になるやつだ。

さっき、去り際に聞こえた悲鳴の正体はこれだったのかも。



「ねぇ、氷入れるビニール袋ってこれかな」
そうか、さっきの物音は、氷とかそのビニール袋とかを探してる音だったんだね。

「氷より、保冷剤とかのほうがいいと思うよ。多分このへんに・・・」
先ほどあけた冷蔵庫の上の扉をあけて、ドアポケットをあさってみた。

「あった。これとかどうですか」
一番手ごろそうな大きさのものを取り出し、かれのみょうじくんに差し出す。


ぽけっとしているかれのみょうじくんをみて、あ、もしかしていらないお世話だったかも・・・と一瞬考えた

けど


「あ、どーも」

すぐに受け取る彼の様子をみて、そうではなかったようだ。



「どういたしましてー」
ていうかすごい、私かれのみょうじくんと喋ったの初めてだ。
ちょっとなんか、芸能人と喋った気分。

あとで友達に自慢しようかなと思ったけど、女の嫉妬は怖いので、実行に移すのはやめておこうと思う。




ひと段落つくと、あっそういえば私風邪だったんだってことを思い出した。
途端、視界がぐらぐらしてきた。

じゃあ私寝るね。
とかれのみょうじくんに告げ、だるおもな身体を引き摺って再びベッドに向かう。




「みょうじさん」


ふいに、後ろから呼ばれた名前。
声の主は、私を見るやいなや、持っていた黄色いハンドタオルを放り投げる。

「わっ、・・・て、え?」
咄嗟に受け止める私を見て、ナイスキャッチと笑う彼。
いやナイスキャッチじゃなくてね。
混乱する私を知ってか知らずか、彼は続ける。

「これさ、どうやって固定したらいいの?」

なんて、ごく素朴な質問であるかのように私に尋ねる。


「・・・え?・・・えーっと・・・普通に縛ればいいんじゃ、ないかな」
「ごめん、俺すっげぇ不器用なのね。
みょうじさん、器用そうだなぁと思って・・・」
「いやいや、むしろすっごい不器用ですよ」
「いやいや俺よりはきっと器用。なはず」
「いやいや・・・えーと」
なんかきりがないぞ。
ていうかかれのみょうじくんが不器用てなんか意外。何でもできそうなのに。
ってそうじゃなくて。


「ほら、俺とみょうじさん、隣同士のよしみじゃん」
「いやいや隣同士って、ただクラスが隣っていう、だ、け・・・」





・・・はっとした。
そうだ、私たちはただ教室が隣同士ってだけで、他には何も接点はないはずなのだ。

それなのにどうして、



「・・・え、あの、なんで私の名前知ってるの?」



「そっちこそ、なんで俺の名前知ってるの?」


感情の読み取れない表情をしたかれのみょうじくんに、質問を質問で返された。
そうきたか。

「え、だってかれのみょうじくん有名だもん」

そうでなければ、いくら隣のクラスでも
接点のない人の名前なんて案外知らないものだ。
(少なくとも、私はそうだ。)



「有名」という私の言葉に、かれのみょうじくんは表情を歪めた。
有名であることは、彼にとって
必ずしも嬉しいことではないのだろうか。



「なんだ、みょうじさんも俺と同じ理由かと思ったのに」



ふと、呟くように顔を伏せてかれのみょうじくんは言った。



「同じ理由って?」

そう尋ねると、伏せていた顔をゆっくりと上げた。



途端
くりくりとした瞳が私を捉え、きれいな黒目に映した。




息を呑んだ。

熱で歪む身体の軸を必死に保とうとするも

それ以外の身体の機能が、まるで全停止しているようだ。



だって彼があまりに真剣な顔つきだから

こっちもなんだか、無断で動いちゃいけないように思えてくる。



「んー・・・ごめんやっぱなんでもない」
沈黙を破ったのは彼だった。
に、といつもの笑顔に戻り、いそいそと保冷剤で足を冷やした。




・・・結局、このタオルはどうしたらいいんだろう。


緊張が解けた途端、また風邪が主張しだした。
(主に頭痛とふらつきという手法で)

もうだめだわ、ベッド戻ろう
あ、そうだ。
せっかくだからその前に言っておこう。



「ねぇ、かれのみょうじくん」
「んー?」

目線はそのままで、彼は答えた。
わぁ、目ぇ伏せてるとまつげが女の子みたい。

じゃなくて。


「私の友だちがね、かれのみょうじくんの大ファンでね
毎日かっこいいとか付き合いたいとか言ってるのね」
「・・・・・・うん」
あ、また険しい顔になった。
やっぱちやほやされるの嫌いなのかもしれない。



「でね、私ずっとどうでもいいよとか思ってたんだけどね」
「・・・ちょ、なんかそれ複雑」


「でもね
今日、バスケやってるかれのみょうじくん、かっこいいなぁと思ったよ」




じゃあ、お大事にね。
そう言って、ようやくベッドに戻った。



熱があると饒舌になれるのはなんでかなぁ。

なんだかぽかぽかして

まどろむ時間が、ひどく幸せな気分だった。





――がちゃ
「失礼しまーす。なまえー具合ど・・・・・・・・・・・・え、」

「あ、みょうじさんならそっちのベッ」
「ええええぇぇえ!!ちょ、何でかれのみょうじくんが!!何でここに!!わあぁぁあぁ大好きです!」
「しーー!ちょ、上田さん声でけぇ!」
「え、あ、ごめん、あとでサインください」
「何この脈絡のなさ!しっかりして上田さん!」
「あ、うんごめん・・・て、いうか、私の名前知って・・・?」


「うん、だって、みょうじさんと仲いいでしょ」
「え、うん。なまえのこと知ってるの?」

「うん、けっこう前から」
「ふぅん・・・?
え、ていうか足大丈夫?さっき捻ったやつだよね!?」
「うん。でも大丈夫」



手伝ってくれた人、いたし。

そう言って、奥のベッドを見つめる彼は、なんだかいつもより輝いて見えた。



その真意を知ったのは、ベッドで気持ちよさそうに眠る彼女を見つけたとき。

彼女の手に握られた、バスケ部の黄色いハンドタオルと

枕元にあった、小さなメモ。


『保冷剤ありがとう。よかったら友達になってください』


男の子らしく、ぶっきらぼうに書かれた文字の下には
携帯番号とアドレスがあった。



「・・・純愛だ」

彼がこの子に何を伝えたかったか
なんて

悔しいから、本人にはしばらく伝えないことにしよう。


きいろい ハンドタオル


(・・・とりあえず、アドレスくらいは私の携帯に登録しちゃっても
ばちは当たらない!はず!)
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