シーソー | ナノ



「お前なぁ…国語と英語はトップクラスなんだけどなぁ…ほんと惜しいよなぁ…」
「す、すみません…」

あれ、おかしいな。職員室に来たのは、提出物を集めてきたからなんだけどな。こんなお説教を受けるつもりは毛頭なかったのにな。



  ♪シーソー 05




印刷機の音と、コーヒーの匂いが充満する、ざわざわと賑やかな職員室。担任の先生のデスクは、相変わらずプリントやらファイルやらが無造作に積み重なっている。わたしが持ってきた数学の課題(日直でした。)を、先生はまたも無造作にそこら辺に積み重ねる。数学担当だけあって、「よくわかる数学V−C」「微分/積分〜導関数の応用〜」やら、開くのも躊躇われる本ばかりが目につく。…ぅあ、頭痛い。目がちかちかする。きっと生理的に数学を受け付けられない体質なんだわたし。きっとそうだ。


「大体なぁみょうじ、お前あんなわっけわかんねぇ古文やら評論文やらを解読できるくせになぁ、なんでマニュアルどおりに解ける数式がさっぱりなんだよ」
「いや…逆に私が聞きたいです…」
どうしてみんな、あんなにわけの分からない数字の羅列を見て答えが導き出せるのだろうか。むしろ理数系の人の頭の中を開けて見てみたいと常日頃思っています。脳内伝達物質シナプスの仕組みどうなってるんですか!

「お前、志望大学は私立だっけ」
「あ、はい、県外で受けようかなと」
「確かになぁ、私立なら受験科目少なくて済むからな、お前みたいなへんてこな成績の奴でも何とかなるしなぁ」
「へんてこって…!」
ひどいや先生、確かにバランスの悪い成績ですけど!へんてこって!

「…でもなぁ、もったいない気もするんだよなぁ」
うーんと唸り、腕を組んで首を傾げる先生。
何だか話が長くなりそうな予感がして、ちら、と時計を盗み見てみる。部活、遅れちゃったらまずいなぁ。


「…あの先生、わたしそろそろ部活に「なぁみょうじ、やっぱりS大受けてみないか?」

わたしの言葉に被せてそう言った先生は、胡散臭いほど真面目にわたしを見つめた。

ちなみにS大は、県内トップの国立大学。
そんな大学を、わたしに受けろという先生。確かこれで3回目のお誘い。

「…や、無理ですよ、今から国立なんて。ていうかわたしの数学の成績の酷さを知ってるじゃないですか先生…今から受験科目増やしてもどうにもならないんじゃ…」
「ばかだなー、お前だからどうにかなるもんがあるんだよ」
「へ、どういう意味…」
にや、と不敵な笑みを浮かべる先生。

「――あの幼なじみの秀才男を使えばいいじゃねぇか」

先生の意外な提案に、言葉を一瞬失う。まさかここで他クラスの彼が出てくるなんて。
「使えって…アレンをですか?」
「おう、せっかくあんな完璧野郎が身近にいるんだ、理数系はあいつに徹底的に教えてもらえ」
「…先生、アレンも一応受験生なんですけど…」
ていうか先生はアレンのこと嫌いなのかな、さっきから言い様に皮肉がたっぷり含まれているような…。
「人に勉強教える余裕ぐらいあるだろ、あの頭なら。ましてや大事な幼なじみの為となりゃあ、しょうがないと口では言いながらも手は抜かねぇタイプだろ」
先生はそう言ってコーヒーを一口飲み、続けた。
つっこみたいところは数ヶ所あるけど、何だかんだ言ってアレンはそんな感じの人間だ。さすがは教師、人間観察力に秀でている。

「1組のウォーカーなぁ…そういえばあいつ、この間の全国模試で12位になりやがった」
「全国12位…!?あり、あり得ない…!」
「もっとあり得ないことに、あいつ何て言ってたと思う?『僕より上に11人もいるなんて、許せないですね』って、笑顔でぽつりと毒吐きやがったんだ、あの整ったツラで。聞いちゃったんだよ俺。ありゃ相当な負けず嫌いだな」
「あー…そうですね、言いそうですね」
きっと来月の全国模試では、彼はさらに順位を上げてくるだろう。ほんと恐ろしい幼なじみです。


「話戻すけどよ、みょうじだって、S大受けてみたい気持ちがあるから、国立文系コースにしたんだろ」
「それは、まぁ…うーん、でも、自分がここまで数学伸びないのは予想外だったんですけど」
「それは俺の教え方の問題か?むしろみょうじ俺のこと嫌い?」
「数学は嫌いですけど先生は…嫌いじゃないですよ」
「おま、そこは『先生は好き』って言えよ、なに『嫌いじゃない』って、全然嬉しくないんだけど」
「え、あ、すみません」
「素で謝んな悲しくなる…」
目頭を押さえて俯く先生に、わたしはうろたえた。ちょ、先生、いい歳して泣き真似とか…!

…と思ったら、すぐに頭を起こした。

「…みょうじさ、私立がいけないわけじゃねぇんだけどさ、S大入ってやってみたいこともあるんだろ、ちゃんと」
「−−……はい」
「そういう、ちゃんと目標を持った生徒を応援したいわけよ、先生は」


キーンコーン…
部活開始5分前の予鈴が聞こえた。

「わ、先生、もう部活行かないと!」
「んお、あぁ、吹奏楽、県大会通過したんだってなそういえば」
「はい、再来週に支部大会です」
「そうか。……まぁ、みょうじは一度に色んなこと考えられるほど器用じゃねぇからな、まずは部活やりきってから、S大のこともちったぁ考えてみろ」
ま、がんばれ。
そう言ってわたしの頭にぽん、と手を乗せた。
「先生、ありがとう」
「おー。期末の存在も忘れんじゃねぇぞ」
「…忘れたかった…!」

先生のことを「好き」と即答できないのは、こういうところがあるからだと思う。




・*゚

「――へぇ、S大勧められたんだ」
部活のあと、楽器を片付けながらなんとなく進路の話になった。
「でもわたしの数学の成績じゃS大なんて雲の上だよ…」
「数学はアレンくんに教えてもらえばいいじゃん」
「うーん、それ先生にも言われた」
「ちょ、何気に職務放棄じゃんそれ…!」
「ていうかむしろわたしもアレンくんに教えてほしい」
「わたしも!ついでにあの白玉肌の秘訣も教えてほしい」
「あっ、あと食べても細身を維持できる秘訣も教えてほしい」

「…ねぇ、みんなアレンのこと何だと思ってるの」
「英国紳士!」
「王子!」

「………」
みんな完璧に騙されてるよ!いや、確かに頭もいいし白玉肌だし大食いのくせに細身なのも紛れもない事実なんだけど、あの王子スマイルには裏があるんだよみんな!

そう思っても、口には出さない。だってみんな信じてくれないから。


「なぁ、そういえば、そのアレンウォーカーはどこの大学に行くんだよ」

同じトランペットパートの両角(と書いてもろずみと読むよ)くんが、相棒のトランペットを磨きながら話に入ってきた。…アレンのことフルネーム呼びって、なにごと。

「……そう、いえば、知らないや、アレンの志望大学…」
冗談半分で「そうだなぁ、東大くらいが妥当かな」とか言ってたことはあるけど(ていうか冗談じゃなくてもできかねないのが恐ろしい)。


「なまえ、」
もっかい志望大学聞いてみようかな、とぼんやり考えてたら、いつの間にか両角くんが隣にいた。(ちょっとびっくりした!)

「指」
「へ?」
「さっき、楽譜で指、切ってただろ」
「へ、あ、忘れてた」
「感覚鈍麻め」
「ちょ、ひどくないですかもろずみく…」

ぺりぺり。
わたしのことをぼろくそ言っている間に、どこから出したか分からない絆創膏を器用に剥がしていた。そして、ごく自然に、わたしの人差し指に巻き付けた。
「…ありが、と、っていうかシナモンちゃんて!」
絆創膏の柄が、思いがけずファンシーだった!なにこれどんな展開?ほんとどこから出してきたの!

「姉貴にもらった」
「お姉さんファンシーだね…」
「嫌なら勝手に剥がして」
「や、剥がさないよ!ありがとうね」
わたしが言うと、両角くんは「うん、じゃあそうして」と少し微笑んで帰っていった。

両角くんは口数少なくて、何考えてるかいまいち分かりにくいって思われるけど、こういう小さいとこによく気づく、優しいひとなのだ。同じトランペットパートだからこそ、知ってる。



・*゚

「は、志望大学?」
今日もわたしの自転車を、さも自分のもののように扱うアレンに、先程の話を振ってみた。(ちなみに今日は先生に見つからなかったので2ケツです)
「…なまえは、どうするの?」
「へ、わたし?」
うーん、S大薦められたけど、まだ自信ないし。とりあえず、滑り止めにしろ本命にしろ、私立は受けるつもりだけど。

「私立は、受けるかなぁ…県外の…」

わたしがぽつりとそう呟くと、アレンはくりくりした目を1.2倍くらいに大きく見開いた。ちょ、前見て!前!

「…なに、県外って、家出るってこと?」
「受かったらの話だけどね」
「…ふうん、」
「で、アレンは?」
「………東大」
「いや、だから真面目に…って、もしかして本気で?」
「……それか、S大」

アレンはそう言って、田んぼ横の畦道に自転車を走らせる。
「どっちにしろ、国立受けるつもり。それが県内か東京か、っていう話」
「…そうなんだ、すごいなぁ」

やっぱりアレンは、わたしとは違うんだなぁ。昔から兄弟同然で育ってきたのに、この歴然とした差に、変な距離を感じてしまう。今に始まったことじゃないけれど。


キィ、と音を立てて、自転車が家に止まった。
「ありがと、」

「それ、」
自転車の荷台から降りた途端、アレンに呼び止められた。

「指、どうしたの」
「あ、絆創膏?楽譜で指切っちゃって」
「…なまえ、そういう類のキャラクター、好きだったっけ?」
「違う違う、これ両角くん(のお姉さん)にもらったやつだから」
「…は、誰、両角って」
「トランペットの…ってこれ今まで何度も話してるよ」
「そんなのいちいち覚えてない」
「そーですか…」

じゃあ帰るね、とアレンに手を振ろうとすると、
「なまえ」

ぱし、と、その手を掴まれた。

「…へ、なに、どうしたの?」
「…なんか、欝陶しい、それ」

アレンはそう不機嫌に呟いて、わたしの指から乱暴に絆創膏を剥がした。
「痛、なに、何で剥がすの!」
「絵柄が欝陶しい」
ちょっとそこで待ってて、
アレンはそう言い残して、すぐ隣の自宅に入っていった。

…え、ちょ、無理矢理絆創膏剥がされた上に放置ってどういうこと!


「…これ、貼っといて」
アレンが戻ってきて、手に持っていたのは、いかにもという感じの、ベージュ色の絆創膏。


「…なんかよく分からないけど、とりあえずありがとう」


アレンにもらった絆創膏を貼ると、アレンは妙に納得したように頷いた。…まぁ、たしかに、シナモンちゃんよりはこっちのが恥ずかしくないんだけど。
ひっそりと心のなかで、「両角くんごめん、シナモンちゃん剥がされた!」と謝罪した。




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