シーソー | ナノ



『アレンっ!!県大会通過した!!!』

夏休みを目前に控えた7月のとある休日。やけにテンションの高い幼なじみからの電話に、僕は持っていたアイスカフェオレを溢しそうになった。



 ♪シーソー 04




『あのね!!今ちょうど結果発表が終わったとこでね!!』
「うん、わかったから、ちょっと落ち着いて」
「え、なに、なまえ?」
『え!!ラビの声だ!!ラビも一緒なの!?』
「今、夏期講習の帰りで、『ラビーー!!わたし!!県大会通過したよ!!』
「うん、さっきから丸聞こえさー」
「あのー、とりあえず今店ん中にいるから…うん、わかったから、また夕飯のときに聞くから!…あぁもう、わかったって!」
じゃあね!と、ぶっきらぼうに電話を切った。

「すげぇじゃんなまえ、県大会通過したんだ」
「みたいですね、あれだけ毎日遅くまで部活やってればね。受験生なのに大丈夫なんですかねあんなんで」
「まぁ、高校最後の大会だし、しょうがねぇさ」


なまえの部活は、吹奏楽部。詳しくは知らないが、うちの高校はそこそこ上手いらしく、県大会では上位を譲ったことがない。全国大会の経験もあるらしい(なまえ曰く)。だから部員たちにとっては、県大会なんてほんの通過点にすぎないはずだ。

「なのにあのテンションて…大声で鼓膜が破れるかと思いました」
「…のわりに、嬉しそうだよな、アレン」
「…は?」

再び溢しそうになったアイスカフェオレを寸前で受け止め、傾いたグラスをゆっくりと立て直した。

「…どこらへんが嬉しそうなんですか」
「いや、だって、電話中ずっと顔がニヤけてたもん。口調だって柔らかかったし」
「……でたらめ言わないでください、勉強疲れでおかしくなったんじゃないですかラビ。いい加減その眼帯外したらどうですかうざったい」
「ちょ、なんでオレそんなにボロクソ言われなきゃならねぇんさ!言葉の暴力反対!」
「暴力だなんて失礼な。僕はただその眼帯の必要性について尋問しただけなのに。酷い誤解だ、これこそ言葉の暴力でしょう。みなさーん!!このラビという人間は人の「やめてアレン!!眼帯についてはじっくり吟味して検討させていただくから!頼むから周りを巻き込むのはやめて!!」
「…ち、仕方ないですねぇ」
「くっそぉ…!口喧嘩でアレンに勝てる気がしねぇ…っ!!」

こぶしを握りしめテーブルに顔を伏せて悔しがるラビ(妙に演技くさい)を尻目に、なんとなく、窓の外を眺めてみる。先程のなまえの、嬉しそうな声が、頭の中で何度も反芻される。

(嬉しそう、ねぇ…)
悔しいけれど、ラビが僕に対して「嬉しそう」と言ったことも、あながち間違いではない。自分のことでもないのに、どうしてこんなに嬉しいのか、自分でもよく分からない。

「そういえば、なまえって楽器のパート何だっけ?」
早くも復活したラビを視界に捕らえ、この場面の切り替えの早さが、彼の頭の回転の速さと比例しているのかと、ふと思った。
「トランペットだそうです」
「あー、あの金管楽器の花形ね」
「でも高音出すのが半端なく辛いらしいですよ」
「へぇ、あんな簡単にぽーんと出してそうなのに?」
「トランペットって、ピストンが3つしかないからあとは唇の形だけで音を変えるんですよ。高音は唇の隙間を小さくして吹き込む息のスピードを上げるんです」
「…え、なに、お前吹奏楽部?」
「なまえから毎日のように聞かされるんですよ。ロングトーンの練習が大事だとか、腹式呼吸がどうとか…」
呆れながら話す僕を見つめ、ラビはなぜか気持ち悪い笑みを浮かべ始める。

「…なんですか、その顔」
「いやぁ、幼なじみっていいなぁと思って」

意味が分からない。ラビは一体何が言いたいんだ。

「いいなぁ、オレもなまえみたいな他愛ない話ができる幼なじみがほしいさー」
「…ラビなら周りに腐るほど女性がいるじゃないですか」
「いや、そうじゃなくて、幼なじみっていうポジションが、こう、ぐっとくるわけよ!」
アレンには分かんねぇかー!
ラビは、溶けてどろどろになったフラペチーノをさらにぐるぐるとかき混ぜながら熱弁する。何だこいつ、僕ってこんなのと3年間も友達やってきたのか。店内は冷房が効いているはずなのに、この空間だけ妙に暑苦しくて居心地が悪い。


「…ま、今は何もなくても、そのうち動くんだろうな」
「は?」
いきなり真剣な声色になったかと思えば、またもや意味の分からない発言をするラビ。どうしよう、ラビとうまく会話が交わせなくなってきた。病気かなこれ。

「アレン、お前のポジションは安全だけど、変化を生み出しにくい厄介なポジションでもあるってこと、近いうち思い知るぜ」
「えーと、ラビ、僕は病気でしょうか」
「ずっと変わらないことが、幸せなことだと思うか?」
「え、どうしよう、これは耳鼻科に行ったほうがいいのか、それともあれか、心療内科とか…?」


「…なぁ、なんかオレら、噛み合ってなくね?」
「僕もそう思ってました」

最後に変なかたちで噛み合った。なんだこれ。





ラビと別れる間際、結局何を言わんとしていたのかを尋ねるも、わざとらしく言葉を濁されたまま終わった。

「…なぁにが『自分の胸に聞いてみろ』、だ」
ラビのくせに生意気な。って僕はジャイ○ンか。「のび○のくせに生意気だぞ!」的な。最後にラビが残していった言葉を復唱しながら、何とか自分の中に取り入れ噛み砕こうとする。そしたらなぜか思考は、のび○とジャイ○ンの話になっていた。

…なんて冗談はさておき。

「まぁ、なんとなく予想はつくんだけどね」


“このテ”の話は、別に今に始まったことではない。ラビだけでなく、リナリーからも散々振られてきた話だ。もっと言ってしまえば、僕となまえが幼なじみになった時からずっとずっとまとわりついてきた話だ。



『アレンはなまえのこと、好きなの?』


これだけ近い存在であれば、周りがこうして騒ぎ立てるのもおかしくはない。別にこの類の話で、今まで困ってきたわけでもない。
だけど唯一困るのは、誰もが僕たちを勝手にくっつけようとすることだ。先程のラビだって、「お前はいつ告白するんだ」と言わんばかりの態度だった。

いつ、僕がなまえのことを好きだと言った?
いつ、なまえが僕のことを好きだと言った?




「あっ、おかえりアレン!!」
帰宅早々、幼なじみの出迎えに、堂々巡りの思考を強制的に遮断した。

「次の大会はいつなの」
「支部大会?2週間後だよ」
「へぇ、期末テスト挟んでるんだ、大変だねなまえ」
「ちょ…さりげに現実思い知らせないでよ…!」
「そういえば、センター試験まであと何日だっけかな」
「わーわーわー!!」
「…これは教え甲斐がありそうだ」
「やめて!その企むような笑顔やめて!!」





愛だの恋だの盛り上がる奴を、とやかく言うつもりはない。ただ僕にとって、なまえは幼なじみであって、そこに家族愛や兄弟愛に似たものは存在する。それは確かで。
なのにどうして、周りは僕たちを異性愛で括ろうとするのか。それが僕にとっては不可解でならないのだ。

夕飯を食べながら、「今、目の前の幼なじみのことを考えている」なんて悟られないよう、必死に取り繕う自分は、ひどく滑稽だな、と思った。



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