シーソー | ナノ




「……あ、」
「なまえ?どしたの?」

時刻はもうすぐ午後7時。部活が終わった後の駐輪場。日はもうすぐ落ちそうで、あちこちの田んぼから、ケロケロケロと、小さく蛙の鳴く声。
かえるがなくからかーえろ、なんて小さいときはよく言っていたけど

「…やっぱりか。」
「へ?」

今日の帰り道も、一筋縄ではいかないようだ。




  ♪シーソー 03



「…遅すぎ。」
案の定、正門には、見覚えのある自転車と見覚えのありすぎる銀灰色の髪。
幼なじみのイギリス人が、ぶーたれた顔で待ち構えていた。

「いつまで部活やってんだよ受験生」
「えーと、県大会が近いので7時くらいまではやろうかと」
「もうお腹減って自転車漕ぐ元気もなくなったよ」
「じゃあ返してください、わたしの自転車」
「嫌です。後ろに乗せてけ」
あまりに不躾な彼の態度にこらえきれずため息をもらすと、彼は端正なお顔立ちをより一層歪めた。歪めた顔でもこれだけかっこいいとか、正直あり得ない。イギリス人ってみんなこうなのか。もしそうなら、イギリス人ってどんだけ得してるんだろう。わたしもイギリス人に生まれていたら、もうちょっと整った容姿だったのかな。

「ていうかさ、いい加減自転車の鍵返してよ」
「いいじゃん、なまえの持ってるやつで作った合鍵なんだから」
「…今更だけど、何で勝手に合鍵作ってんの」
「幼なじみだから?」
「アレンの中での幼なじみの概念がよく分からないよ」
「読解力が足りないからだよ、深く読み取りなさい受験生」
「深読みするだけ無駄なのが目に見えてますアレンさん」
勝手に人の自転車(しかも合鍵まで)奪っておいて、どんだけいばりんぼなんだこの人。
否応なしに、わたしは家までの道のりを、この幼なじみと一緒に帰ることになった。(しかも2ケツしようとしたら先生に見つかったのでやむを得ず歩いて帰ることになった。アレンは先生の評価を下げたくないのだ。)


こんなやりとりは、今に始まったことではなく、彼に毎日こうして待ち伏せされ、毎日一緒に帰っていることは、揺るぎない事実だったりする。
彼が強引で、変なところ頑固なのも、今に始まったことではないのだ。反論するだけ無駄だということを、わたしはこの18年間で、身をもって知っている。

知っているのだ、けれど。



ぐぎゅるるる、
「…おなかへったー」
「…アレン、お腹の音がすごいんだけど。もうちょっと慎んで」
「生理現象なんです、仕方ないでしょ。なまえのゲップと一緒です」
「ちょ、女の子に対してそれひどくない?」
「オナラにしなかっただけましだと思いなよ」
「どっちにしてもなんかやだよ」
「あ、あとでコンビニ寄っていい?」
「ほんとマイペースだね!」

マイペースなのは、なまえといるときだけだよ。
彼はそう言って、前を向いたまま小さく笑った。そして、驚くほど、優しく笑った。




「…ねぇ、アレン」
「んー?」


「…わたし、もう一人で帰れるよ」


こんな田畑ばかりの田舎道、この時間帯を歩いているのはわたし達ぐらいだ。アレンがそれを心配して、毎日こんな時間まで待ってくれていることくらい、わたしにだって分かる。
分かるけど
わたしは部活があって、アレンは帰宅部。こんな遅い時間まで付き合わせているのは、まぎれもなくわたし。いくら気の許せる幼なじみでも、負い目を感じずにはいられないのだ。


「もう大丈夫だよ、自転車漕ぐのも速くなったし」
風のように走り去るよわたしは!

そう意気込むわたしを見ても、アレンの表情は変わらなかった。


「そんなこと言って、また、あんなことになったら、」

アレンはそこまで言って、口を閉じた。代わりに、「僕の言いたいこと、分かってるでしょ」とでも言うように、目で訴えてきた。
夕焼けでオレンジがかった髪は、銀灰と混ざって、とても柔らかな橙色に見えた。


分かってるよ、でも
「だいじょうぶ、だよ」
「…今度は、僕も助けに行けないかもしれないよ」
「大丈夫だよ、」
まるでおまじないのように、同じ言葉を何度も繰り返す自分は、ひどく滑稽だと思った。


「…何が大丈夫なんだよ」


アレンの声が、極端に低くなった。
チキチキ、と、自転車を押す音が止まった。

アレンのほうを見ると、顔を伏せていて、長い前髪が表情を隠していた。
…この声は間違いなく怒っている。それだけはよく分かる。


「そんな根拠のない『大丈夫』なんか、信じられるわけない」
「そこを信じてあげるのが幼なじみでしょー」
「なまえっ、」

「…もう、ずっと前のことなのに」









もう、何年も前の話。
わたし達が小学生だった頃。

そのときも、わたし達はいつも一緒に帰っていて、だけどあの日はたまたま別々で帰った。
わたしは友達と遅くまで遊んでいて、あの日も、ちょうどこんな時間帯だった。


一人で歩いていたら
突然、後ろからランドセルを掴まれて、身体が宙に浮いた。
大きな男の人が、わたしを摘み上げていて、目が合った瞬間、にぃ、と醜く口角を上げた。
怖くて 怖くて、咄嗟に大声を挙げた。ありったけの大声で助けを呼んだ。
その直後、大きな汗ばんだ手で口を塞がれて、だけど、誰の姿も見えなくて、わたしはこのまま殺されるのかな、と幼心にも絶望感を覚えた。


でも、遠ざかっていく聴覚の片隅から、聞き覚えのある、声が聞こえた。

それが、アレンだった。


その当時から恐ろしく喧嘩の強かったアレンは、自分よりも何倍もでかい男を蹴り上げ、地面で何度も踏みつけていた。(今思うと、少々残虐だった。)





アレンの言う「あんなこと」とは、これだ。
あれ以来、アレンはわたしを一人で帰らせようとはしなかった。それが高校生になって自転車通学が許されるようになってからも、まだ続いている。アレンが優しいのは嬉しいけれど、いつまでもそれに甘んじている自分も嫌だったりする。

「あのとき、アレンのおかげで助かったことは感謝してるけど・・・でもね、わたし、」
「怖いんだ」


アレンの口から意外な言葉が出て、わたしは思わず次の言葉を飲み込んだ。

「僕のいないところで、なまえがまたあんな目に遭うのが、怖い」
「…アレ、」
「だからこれは、僕のエゴで、僕がそうしたいだけ」

先ほどの低音とは似ても似つかない、淡々としていて、だけど、誰かに言い聞かせているような、そんな声でアレンは言った。



しばらくして、アレンの声色がいつも通りに戻った。

「別になまえが心配だからそうしてるわけじゃない」
「…結局、意味は一緒じゃないの」
「自惚れんなバカなまえ、田んぼに突き落とすよ?」
「え、ちょ、まっ…待って待って押さないで!本気!?」
「そのまま肥やしになってしまえばいいのに」
「わたしを肥やしにして育ったお米を食べるんですかアレンさん!」
「……うぷ、なんか、やだなそれ」
「想像して吐きそうにならないでよ、なんかちょっと悲しいリアクションだよそれ」
「僕、今日ご飯食べられるかな…」
「じゃあ食べなくていいよ、今日のオムライス」
「オムっ…!!よこしなさい!」
「どこまでも強気だねアレンさんは!あと目が怖い!その必死な目が怖い!」





この不器用な優しさに甘んじてはいけない、そう思うのと同時に、もう少しだけ甘えていたい、とも思ってしまった。アレンの優しさを自分の言い訳にしているだけ。それを承知の上で、もう少しだけ、このままでも許されるんじゃないか。

この時のわたしは、そうやって、自分を甘やかすことしか、知らなかった。


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