シーソー | ナノ





とてもとても小さい頃の話だけど


彼女と初めてシーソーに乗ったとき、「どうしてもっと近くに行けないんだろう」と、必死になって地面を蹴って進もうとしたことがある。いつか彼女にたどり着くんじゃないか、って。

だけど当然のことながら、この距離が縮むことはなくて、ただ上下するだけの自分の視界に、ひどくうんざりしたのを覚えている。

彼女は笑って、「漕ぎすぎだよアレン、」と言った。いくら僕が激しく漕いでも、彼女は決してシーソーから降りなかった。僕の視界から、彼女が消えなかったことが、唯一の救いだった。


いつも、自分の視界の中に彼女がいてくれたから、この「幼なじみ」という関係も、悪くないと思えた。








つい、この間までは。






  ♪シーソー 01




「……え、なに、もっかい言って」
「…だ、だから……この場合のyって、なに…?」


「…え?うそ、そんな次元の低い質問されるの初めてだ。ばかだとは思ってたけどまさかここまでとは…」
「…だって、文系だもん、数学嫌い…」
「あぁ、そういえば小学生のときも算数で30点取って、家に帰りたくないから夜中まで公園で隠れてるっていうのに付き合わされたことあったもんね。ていうかテスト用紙だけ隠せば良かったのにね、小さい頃からどうもツメが甘いよねなまえは」
「…もぉ、だからアレンに教わるのはやだって言ったんだ!」
なまえはそう吐き捨てて、ついに机に突っ伏してしまった。…やば、また言い過ぎたかも。
と思うのと同時に、突然起き上がるなまえ。
「やっぱりラビに教わってくる!ラビのが教え方優しいもん!」
「ちょ、ラビはだめだってば。変態だから」
走りだそうとするなまえを、せっかく引き留めてあげた、のに。


「変態でもいいもん、そんなラビが好きなんだもん」
彼女はとんでもない言葉を口にした。「好き」?

「…え、それって要するに、なまえも変態ってこと?」
「…もういいよ、それで。私も変態だよ。明日から眼帯つけてくるよ」
呆れて言い返す気も見せないなまえに、何だか無性にイライラした。

「そっかわかった、じゃあクラスのみんなに、なまえは変態だからみんなの下着の色を透視できるらしいよ気をつけて!って伝えとくよ」
「ごめんなさいわたしがいけなかった、謝るからその携帯しまって!連絡網もしまって!」

その迅速な行動力が怖いんだよアレンは…っ!
そう呟きながら俯く彼女は、じんわりと涙ぐんで鼻を赤くしていた。
どうも小さい頃から、彼女の泣き顔にはめっぽう弱い。…大して可愛くもない、くせに。いつも僕がいじめすぎて、彼女が負けてぐずつくパターンだ。めんどくさ。

めんどくさいけど、仕方ない。これが彼女なのだ。18年間一緒にいれば、ご機嫌を損ねた彼女の慰め方も、おのずと身についているものである。


ぽんぽん、と、彼女の頭に手を乗せる。18歳にもなって子どもみたいな慰め方だけど、これが、彼女に一番効く方法。
ようやく顔をあげたなまえに、仕方ないから、なけなしのアドバイス。

「…ここのyは、こっちの、この値のこと。そしたら代入して計算できるから」

「………でき、たー…」
まるで、生まれて初めて数式を解いたかのようなリアクションで、なまえは腕を伸ばしてプリントを目の前にかざした。そんな大した問題解いてないよあんた。


「…ぁりが、と、アレン」
どんなに虐げられても、素直にありがとうと言える彼女。こんな時、僕は自分の幼さを身をもって知る。彼女のように素直になることは、どうやっても叶わないのだが。
「……今日の夕飯は、唐揚げがいい」
「わかった、いっぱいつくるね」
僕の精一杯の言語表現に、彼女はこれまた素直に言葉を返した。
悔しいけれど、母親の作る唐揚げよりも、なまえの作るもののほうが口に合ったりする。


数学の補習プリントの最後の難題を解き終えて、ふにゃ、と顔の緩んだ彼女を見て

なんとなく、僕の顔も緩んでしまったことは、僕だけの秘密。




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