シーソー | ナノ


足が、動かなかった。その場にするするとしゃがみ込み、掃除用具の入った簡素なロッカーに背中を預けた。制服越しに伝わる無機質な固さと冷たさが、やけに気分を暗くさせた。両膝を抱え、こてんと額を当ててぎゅっと目を瞑る。まるで何かから身を守るみたいに、固い殻に身を閉じ込めるみたいに、小さく丸くなった。そうしないと、なぜだか自分を上手く保てそうになかった。


 ♪シーソー 19


「……」

誰かが、わたしの前で歩みを止めて、しゃがみ込む衣擦れの音が聞こえた。


「…盗み聞きなんて、なまえちゃんのへんたい」

「〜ぅわぁっ!」
耳元に突然降ってきたやけに艶っぽい声に、思わず両肩がびくんと弾けた。がんっ、とロッカーに思いきり頭をぶつけた。衝撃に耐えていると、くつくつと堪えた笑いが聞こえる。
「何してんの、一人コント?」
「なっ、え…何急に!」
「隠れてないで出てくればよかったのに」
「……」
わたしはぶつけた頭を両手で押さえながら、次に発する言葉が見つけられずにいた。

…出てこられるわけ、ないでしょ。どんな顔して出てくればいいの。

返答しないわたしを特に気にするわけでもなく、アレンは当然のようにわたしの隣に並んで座った。ぐっと縮まった距離が、わたしの心拍を速くさせた。こいつ、人の気も知らないで暢気にパックジュース飲んでる。しかもそれわたしの好きなやつ。何なの、買い損ねたわたしへの当てつけなの?

「…ははっ」
「!?」
突然笑いを零したアレンに、わたしの表情は怪訝になるばかりだった。
「そんなに心配しなくても、ちゃんと断ったよ」
あーおかしい。そう言わんばかりの屈託のない笑顔でアレンは言った。わたしの心の内を見透かされているみたいで、顔にぶわっと熱が集まった。
「そっ…そんな、心配なんか、してない…自惚れんなばかアレン」
「えー、だって、顔に思いっきり書いてあるから。ほら、ここに」
「っ、」
むに、と弱い力で摘まれた頬。犯人は紛れもなく、隣に座る幼馴染み。
ばか、アレンのばか。人の気も知らないで、こういうこと、平気でしてくる。
「…が、学校でこういうこと、しないでほしいんだけど…」
「学校じゃなければいいの?」
「そういうことじゃ、なくって…」
勘違い、されるでしょ。
ううん、そうじゃない。わたしが勘違いしちゃうんだ。

「…アレン、なんか、変だよ…」
「変?」
「そうやって、笑ったり、変なことしたり、変なこと、言ったり…」

変なのは、わたしも一緒だ。
今まで、どんな風にアレンと話してたっけ?
「…そんなに、変かな」
まるで、前髪切ったんだけど変かな?とでも言うかのように、アレンは何の気なしにさらりと呟いたように見えた。
変じゃない、アレンはきっと正直に行動しているだけ。わたしがそれに戸惑って、上手くついていけないだけ。

「…もしかして、戸惑ってる?」
「えっ、な、そん…」
「分っかりやすいなー」
けたけたと笑うアレン。こんなに顔をくしゃくしゃにして笑うところなんて、もう随分目にしていなかった気がするなぁ。

ああもう、調子狂う。

「…ねぇ、そろそろ戻ろうよ、お昼休み終わっちゃうよ」
「んー、もうちょっとしたらね」
聞いているような聞いていないような表情で、相変わらずパックジュースのストローを吸うアレン。いつの間にかそれを凝視していたわたしに気付いた彼は、「飲む?」と珍しくジュースを差し出す。咄嗟に首を横に振れば、「人の好意は素直に受け取るものですよ」と強引にストローを押し込んできた。どの口から素直なんて言葉が出たのか。そしてストローが地味に痛い。

「いいじゃないですか、たまには幼馴染みでゆっくり過ごしたって」

そんな風に、拗ねた口ぶりで言うものだから、わたしは何と言って返したらいいのか分からなくて、また口籠った。


アレンのことなら、他の人よりよく知っているつもりだった。
だけど、知らないアレンがどんどん見つかって、頭が追いつかない。

腹黒なアレン。
口下手で素直じゃないアレン。
外面のいいアレン。
何だかんだ優等生で、手の抜けない努力家なアレン。
ぶっきらぼうで、だけど誰よりも優しいアレン。

守るようにしっかりと手を繋いでくれるアレン。
背中を押してくれるアレン。
抱きしめてくれるアレン。
くしゃくしゃの顔で笑うアレン。
わたしを振り回して、面白がるアレン。


わたしの隣に、いる
だいすきな、アレン。



そうだ、わたし、ずっとそうだった。
だいすきだった。

他の人の隣になんか、行ってほしくなかった。
ずっと、わたしの隣にいてほしいと思った。


ああ、だから
こんなに苦しくて、泣きたくて、
あったかくて、愛おしいの。





わたしの隣は
アレンじゃないと、だめなの。



「…だめだよ」
「…なまえ?」
「勝手に離れていっちゃ、やだよ…」

気がつくと、わたしの口がそう呟いていた。
ぱりん、と、殻の破れる音がした。



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