シーソー | ナノ


両角くんに会ったのは、寒さが増してきた11月のとある放課後のことだった。正確に言えば、わたしがこの空き教室に両角くんを呼び出した。

「…今日、あいつと帰り一緒じゃねぇの?」
「あ、両角くんだ、なんか久しぶり」
かじかむ両手を擦りながら言うと、「それ質問の答えになってねぇよ」って、眉毛を下げた両角くんに笑われた。




 ♪シーソー 16




アレンには、理由を話して先に帰ってもらった。おそらく帰宅後にみっちり勉強を見られるのだと思う。わたしの家庭教師は気を緩める隙をちっとも与えてくださらないのだ。

「…あのね、」
ぽつりと零せば、心なしか両角くんの肩に力が入った、気がした。
それはおそらく、わたし自身がそうなっていたから思えたのかもしれない。

わたしはこれから、この人の好意を知った上で、伝える。


「両角くんのこと、利用するなんて、やっぱりもうできない」


ひどい人間だと、自分で思った。これだけ振り回して付き合わせておいて、やっぱり自分のことしか考えられないのだから。

『アレンから自立したい』
そう言ったわたしに、彼は『自分のことを利用して』と言った。その好意を、少なからずわたしは利用した。アレンを避けて、その空いた分を埋めるように、彼の伸ばした手を取った。アレンなしで過ごす毎日は、わたしにとってはあるべきはずのものがないという、何とも表現し難い違和感の連続だった。
ずっと一緒にいるのが当たり前。それは多分、アレンも一緒だったのだと、今になって思う。それほどまでにわたし達は互いの存在が大きすぎて、近すぎて、それを失うことはあまりにも想像し難く、そして困難なものだと思い知った。

「…それは、結論から言うと、『自立できなかった』ってこと?」
両角くんは、落ち着いたトーンでわたしに投げかけた。淡々と、だけど確実に返事を求めるように。彼の目線はわたしを捕えたまま、動く気配を見せなかった。
もう一度、彼の言葉が頭の中で反芻する。これを認めることは、わたしの奥の方で小さく燻っている感情を認識し、自覚することになると思った。だから、簡単には頷けないし、頷くことで自分が、あるいは誰かが楽になれるとも思えなかった。

そういう、ぐるぐる廻る余計な雑念こそ、今まさにわたしが逃げていることに変わらなかった。

わたしは、動いたかどうか自分でも認識できないほど、ようやく、小さく頭を縦に落とした。「…そう」って、両角くんの声が聞こえたから、恐らく頷いているように見えたんだと思う。

「…利用して、ごめんなさい」
「…何で謝んの。利用してっつったの俺だし」
深く深く頭を下げたまま、わたしは続けた。
「…わたし、アレンの重荷になるのが嫌で、自立しなきゃって思った。でもそれって、そんな綺麗な感情じゃなくって、ただ怖かっただけなの」

アレンに、否定されることが、怖かった。

そんなシンプルで、だけど卑怯で、ちっとも綺麗じゃない感情のせいで、わたしは両角くんを利用した。

「ごめん、こんなの、自立って言えない」
「…」
「…だけど、この時間があったから、色んなことにようやく気付けたの。
わたし、知らなかったんだ。
自分の足で、自分の力で進まないと、自立にならないんだね」

じわ、自分の視界が、揺らいでいくのが分かった。この涙の意味が、今のわたしには見出すことができなかった。何で泣いてるのよ、馬鹿。


「…あのさ、そろそろ、顔上げてくんない?」
「…はい、すびばせん…」
「ティッシュいる?」
「あ、ごべん…ってティッシュ可愛いな…」
「姉貴に貰った。何だっけ、くま…くまっくら…」
「り●っくまね…両角くんのお姉さんは可愛いものが好きだね、」
「子どもいるから、そういう持ち物多いっぽい」
「そうなんだ…前に貰った絆創膏も可愛かった…」
「あー、うん、あれも貰ったやつ」
そういう可愛いものを顔色ひとつ変えず使う男子高生は、おそらく彼くらいだろう。
思わずふふ、と小さく笑う。

「…なまえ、やっぱ笑ってる方がいいと思う」
「…へ、」
「そんなに、罪悪感を感じるようなこと、お前はしてないと思う。利用してほしかったのは俺だし、それを拒ませないよう諭したのも俺。あと、アレン・ウォーカーにもちゃっかり宣戦布告しちゃったし」
「えっ、嘘、いつ!?」
「夏休み前あたり。俺がなまえのこと好きだから『利用して』って言ったんだ、って」
「…っ、」
「…ぷ、何その顔。もうとっくに知ってたでしょ、俺の気持ちなんて」
知らなかった、なんて、そんな嘘は吐けなかった。自意識過剰なのかもしれないけど、「利用して」と言われたあの日、聞かなくても伝わってきた。
「…そんなふうにしか、踏み込めなかったんだよ、なまえに」
そう言って、彼は情けなく笑った。
「アレン・ウォーカーなんていう強敵がいる中で、少しでも優位に立とうと考えた結果、姑息な案に辿り着いた」

「俺だって、お前に否定されるのが、怖かったんだよ」

そういうもんだろ、好きになるって。

そう言って、尚も、柔らかく笑う彼を、わたしは心から綺麗だと思った。

「もう行きなよ、大事な幼馴染みが待ってんだろ」
「…うん、ごめんね」
「ちゃんと鼻拭いてけよ」
「うん、ごめん、」
「ちげーよそっちじゃなくて、右」
「え、あ、うん、ごめん」
「何回謝んの」
「う、ごめ…」
「…受験終わったらさ、ちゃんとあいつに言ってやれよ、好きだって」
「…う、うん…」
「目ぇ、泳いでるけど」
「……け、決心ついたら…」
「お前、俺を目の前にしてそんな悠長なこと言ってんなよ。俺だって言ったんだから」
にや、と、あくどい笑顔の両角くんは、あまりお目にかかれない。
「いつまでも怖がってたら、誰かにもってかれんぞ」
「そ、それは…!」
「(まぁ、絶対あり得ないだろうけど)…アレン・ウォーカー、教室で待ってたぞ」
「え、嘘、帰っててって言ったのに」
「早く行ってやれば?俺も帰るし」
「あ、う、うん…」

じゃあな、と、両角くんは背を向けてドアに向かって歩き出した。



「…ありがとう」


小さな小さな言葉、だけど、両角くんの耳に届いていた。
後ろ手で、ひらひらと、振っていた。




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