シーソー | ナノ


きりーつ。れーい。さよーならー。

ガタガタッ
「行くよなまえ、何もたもたしてんですかさっさと準備して!」
「ちょ、待ってよアレン!まだカバン閉じてな、ぅわっ」
「ほら急いで時間ないんだから!大体なまえは昔っからもたもたしてて…」
「いたたた!腕引っ張らないでよ伸びる!腕伸びるって!」


バタバタバタ…
「…何あの2人、あんなに慌ててどこ行くんさ」
「オープンキャンパス行くんだって。S大の」
「S大、って…アレンが志望大学の候補にしてるとこか」
「なまえもね。…多分、まだ決心がつかないだけで、本当は行ってみたいんじゃないかしら、S大」
「へーぇ…」

ふふ、と意味深な笑みを浮かべる友人2人を、僕は見ないふりをして教室を出た。あいつらが絡むと何かと面倒だ。



 ♪シーソー 14



電車を乗り継いで30分。広大な敷地にキャンパスを構えるS大を目の前に、隣で目をまん丸にして見上げているなまえ。
「やっぱ、広いね」
「…なまえ、口あいてる」
「ぁぐ、」
だらしなくあんぐり開いた彼女の口を、僕は右手で顎を押し上げて閉じさせた。その様子がおかしくて、思わずにやける。尚もむぐむぐと無駄に抵抗するなまえに「ほら、行くよ」と声をかけて僕は手を離した。


大学構内は当然ながら大学生で溢れていた。もっとも、今日はオープンキャンパスなので高校生も多いが。
「すごい人…なまえ、はぐれないように、し…………」


………もういなくなってんだけど!

後ろにいたはずのなまえの姿が、忽然と消えていた。あの馬鹿、早速迷子になっ…

「……あ、」

…いた。
意外とそう遠くない視界の中に、彼女の後ろ姿を見つけた。だけど、すぐに声をかけるのを躊躇った。

彼女が真剣な表情で見つめていた先には、掲示板に貼られた広告。

「……あ、ごめんアレ「行ってみる?」…へ、」

僕の言葉が余程意外だったのか、なまえは僕に振り向いて見上げたまま固まった。…ぷ、すっごいアホ面。
「聴きたかったんでしょ、その講演会」
「……いいの?」
「何のためにオープンキャンパス来たと思ってんのなまえは」
ほら、行くよ。僕は躊躇う彼女の手を取って会場へ足を進めた。会場に着くと丁度講演会が始まる直前で、僕となまえは駆け込むようにして入った。大きなホールの後方の空席に腰を下ろして、薄暗がりの中講演会が始まった。

講演会は、大学の教授数名によるディスカッションだった。僕はさして興味のある分野の話ではなかったが、どうやらなまえにとっては強烈に惹かれるものがあったらしい。先程からずっと脇目も振らずただじいっと聞き入っている。

…その表情は、僕が昔から見てきた無邪気な彼女のそれとは少し違っていて、なぜだか知らない人のようにも思えた。いつだったか、彼女が部活の大会で思うような結果を残せなかった時、強がって笑ってみせたあの表情も、僕の知っているなまえではなかった。



「変わった」なんて、思わせないでほしいのに。








…ああ、そうか、
ラビの言っていた「厄介なポジション」って、こういうことなのかもしれない。


いつだって、近くにいることに何の条件も理由も必要なくて。
学校でも家でも、当たり前のように彼女の近くを陣取って。
そうだ、いつだって誰よりも彼女の近くをキープできた。



だけど、あと一歩が、届かない。

そこから先に踏み出すためにはどうしたらいいのか。その方法を、僕は生まれてから今日まで何一つ知らないまま、ここまで来てしまったのだ。


こんな思いをするくらいなら、『幼なじみ』になんて、ならなければよかったのに。




あてのない悔しさともどかしさを、僕は両手に込めてぎゅう、と握りしめた。




***

夕暮れの帰り道を、僕となまえ2人で歩いた。田んぼだらけのあぜ道に、会話はなかった。


じゃり、
最早聞き慣れた砂利道を踏みしめる音。2人分の足音のうち、そのどちらかの音がぴたり、と止んだ。言わずもがな、僕の方ではない。

「……アレン、」
ぽつりと聞こえた名前に、僕はゆっくりと振り向いた。躊躇いながら、だけどどこかしっかりと前を見据えた表情で、彼女は言った。


「わたし、S大に行きたい」


それは、彼女が初めて僕に打ち明けた、本当の進路の意志だった。

「先生には、ずっと薦められてきたけど、ずっと勇気がなくて、踏み出せなくて、でも、今日行ってみて、何て言うか…頑張ってみようかなって、思って…」
彼女の言葉は、とても拙く不安げだった。その様子が何だか可笑しくて、少し笑いそうになった。
「…す、数学とか、課題は山積みだし、時間もないんだけど、でも、」

「いいんじゃない、行きたいなら」
そう微笑んで言えば、なまえはまた驚いたように固まった。
「数学なら僕も教えられるし、何なら専属の家庭教師にでもなってさしあげましょうか」
「…ちょっと嫌な予感がするのは何でかな」
「どういう意味それ」
「だって、絶対スパルタだもん、アレンの家庭教師なんて…」
「当たり前でしょう、センター試験まであと何日だと思ってるの。僕が教えるからにはそれなりの結果を残してもらわないと困る」
そうと決まれば、早速帰ってから始めようか。そう不敵に笑うと、なまえは顔を青ざめて、それから少しして、「…っ、今日は嫌だ!」と言い残して走っていった。
「あっ!逃げるな馬鹿なまえ!!」
「いやああぁぁ!!来ないでばかアレン!!アクマ!鬼畜!」
「あっれー?数学のテストで50点以上取ったことのない人の発言とは思えないなぁー!あっははははは!」
「ちょ、笑いながら追いかけてこないでよ本気で怖い!!」


…ついこの間まで、あんなに気まずい関係だったはずなのに。ずっと胸につっかえていたあの得体の知れない気持ちは、今は不思議と心地良いものに思えてきていた。



ただ純粋に、彼女の力になりたいと思った。




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