シーソー | ナノ



走った
走った

人混みをすり抜けて、ただひたすらに走った。

せわしくなる呼吸も、汗でベタつく身体も、なぜか泣きだしそうなほど痛む心臓も、気にしていられなかった。

「…っは、ちょっ、アレンっ…」
浴衣に下駄、当然ながら神社を全力疾走するような服装でなかった彼女は、僕に引き摺られそうになりながらもつれる足を何とか動かしているようだった。僕は走りながら何度も後ろを振り返って彼女を目視した。

 ”絶対に、離すもんか”

その思いで、繋いだ手に力を込めた。なまえは僕にすがりつくみたいに、その手を握り返した。僕の気持ちが、この手を通して彼女に伝わったような錯覚を感じた。




 ♪シーソー 13




神社から少し離れたところにある、寂れた空き地に着いた。唯一ある外灯には虫が集まり、チカチカと鳴って点滅し、灯りは今にも息絶えてしまいそうだった。
「…はい」
「…ありが、と」
近くの自販機で買った缶ジュースを、ベンチに腰掛けていたなまえに手渡した。彼女は途切れ途切れにお礼を言って、ぷしゅっ、とそれを開封した。その隣に、僕も座った。
「…あっついよ」
「しょうがないでしょう、ベンチ狭いんだから」
「そうだけど…」
なまえは不服ながらも、諦めを悟ったようだ。
狭いベンチに、並んで座る僕ら。なまえの右肩と僕の左肩が、衣服を隔ててくっつく。この動悸と汗は、走ったせいだけではないようだ。

「……分かんない」
尚も不満げな彼女が、ぽつりと呟いた。
「分かんない、って…何が」
「…アレンが」
「…は?」
「分かんないんだよ、何でこんなことになってるの?わたしはただ、リナリーと一緒に夏祭りに来ただけなのに、何でアレンといるの?」
「…なまえ、」
「わたしは、ただ、アレンに甘えるのは、もう、やめなきゃ、って、」
「なまえ、もういいよ」
「よくないよ、だって、わたし、アレンのお荷物になるのは、もう嫌なの」

…いつの間にか、涙声になっていた。
「…アレンを、縛り付けてるのは、もう、嫌」

「…そうじゃ、ない」

ようやく、気付いた。


 …僕が、彼女を縛り付けていたんだ。


“幼なじみ”という頑丈な紐で、彼女を自由から遠ざけていた。まるで、『守っている』みたいに。僕が勝手に、『彼女を守っている』と勘違いしていただけなのかもしれない。

「なまえ、」
ゆっくりと、顔を上げた彼女の目を見た。

「…なまえのことを、お荷物だとか、甘えてるだとか、そんなふうには、思ってない」
驚くほど、すんなりと言葉が出た。彼女はすん、と鼻をすすって眉を下げた。
「…ほんと?」
「本当。だから、なまえが勝手に『離れなきゃ』とか、思ってるんだったら…そんなふうに、思う必要は、ないんだ」

ごめんね、
今はまだ、こんな言い方しか、できないけれど。

彼女は少し考えたあと、「…うん」と答えた。
その『うん』が、どういう意味を持つのかは、多分誰にも分からなかったんだと思う。


ただ、隣に感じる体温が、なぜだかとても愛おしいものに思えた。




***

夏が終わり、制服が秋冬仕様になった。僕たちは本格的に受験に向けて本腰を入れ始めた。学年全体が少しずつピリピリし始めるさなかでも、僕の心境は不思議と穏やかだった。
「…なーんか、ムカつく」
先日の模試の結果が配られたあと、後ろからラビがいちゃもんをつけてきた。
「すみません、全国模試でまた順位を上げてしまいました」
「そのドヤ顔やめてくんない?って、そーじゃなくって!」
どうやらラビが言いたいのは、模試の結果云々の話ではないらしい。
「アレンさんや。オレに何か言うことがあるんでない?」
「…は?全国模試10位でしたすげぇだろ以外に何を言えと?」
「さりげなく自慢すんなよ、つーかまず頭を模試から離せ」
「…なんなんですか、一体」

「…夏祭り以来、お前となまえの感じが、なーんか違うんだけど?」
ニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべるラビに、僕はいよいよこいつと友達辞めようかな、と考え始めた。
「それ、私も思ったわ」
いつの間にか僕らの会話に参加していたリナリー。ちなみに、彼女は違うクラスだ。
「リナリー、いつの間に来てたんですか」
「そんなのどうでもいいじゃない、それよりアレンくんとなまえの関係のほうが重要だわ」
「いやいや、瞬間移動ですよね」
「つーかリナリー、オレらきちんとお礼言われてなくね?」
「は?お礼って」
「そうね、何がいいかしら、駅前のたい焼きやさんで全種類奢ってもらうのはどう?」
「ああ、あそこのたい焼きおいしいですよねー、って、ちょっと待ってください一体何の話」
「あそこのたい焼きは、抹茶あんがうまい」
「あ、ユウ久しぶりー。オレはカスタードも捨てがたいさ」
「チョコもおいしいのよね」

「…あの、何か勘違いしてませんか?」
たい焼き談義で盛り上がっていた彼らは、僕の言葉にきょとん、としていた。

「え、だって…」
「上手くいったんでしょ?」
「何がですか」
「アレンとなまえ」
「アレンくん、ようやくなまえに告白したんでしょ?」
…はっ?
「…してませんけど」
「え?だって、明らかに前と雰囲気違うし…」
「まぁ、色々あって、和解(?)はしましたけど」
「じゃあ、まだ付き合ってねぇんさ…?」
恐る恐る尋ねるラビに、僕はこくんと頷いてみせた。



その直後、教室に今年一番の罵声が響いた。





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