シーソー | ナノ


薄暗い神社を彩る橙色の丸い灯りと、どこかから小さく響く太鼓の音。いつもは人気のない境内に、わらわらと群れのように溢れる人達。妙に年季の入った屋台が、まるで僕を別世界へ誘うみたいに、石畳の道をぞろぞろと囲む。


「あーっ!いたいた!遅ぇぞアレン!」

…今まで出会った人達のなかで、これほどまでに『夏祭り』の似合う奴を、僕は彼以外に知らない。



 ♪シーソー 12




「…出だしからどんだけ祭をエンジョイしてるんですか君は」
たこ焼きやらわたあめやら、夏祭りの代名詞とも言えるグッズを大量に抱えるラビを見て、僕は思わずため息混じりに呟いた。

『息抜き』と称して僕を神社の夏祭りに誘ったラビだが、どうやら彼が一番『息抜き』しているようだ。
「一人で十分楽しめるなら、僕帰ってもいいですか」
「ばっか!お前がいねぇと意味ねぇんさ!」
「何でですか。大体、男二人で夏祭りなんて来ても面白くないです」
「二人じゃねぇさ」
ラビは意味深な笑みを浮かべて、人混みの向こう側で誰かを探し始めた。
「多分そろそろ着く頃なんだけど…お、来た」

がやがや、人混みをかきわけて、駆け足気味にこちらに向かってくる人物が、ふたり。


「おまたせーっ、ごめんね、浴衣着付けるのに時間かかっちゃった」
「オレらも今合流したとこさ、つーか二人とも浴衣めっちゃ似合ってるさ!なっ、アレン!」
「…ぇ、あ、」


…心臓が、止まるかと思った。

浴衣姿で現れたのは、リナリーと、…なまえ、だったから。



ぐいっ、

「い゛っ!?」
「いつまで見惚れてるんさお前」
ラビに左耳を思いきり引っ張られ、そのまま小声で耳打ちされた。
「…見惚れてなんかないです」
「あっそ、まぁどっちでもいいけど」
「……」
この僕がこんな奴に軽く交わされる日が来るなんて。

それよりも…と、ラビは一層声を潜めて僕に耳打ちする。
「このあと、オレとリナリーで一緒に回ってくるさ」
「…は?」
「お前はなまえと二人で過ごせ」
「はぁ!?何でっ…」
思わず大声になりかけたところを、ラビの手のひらが容赦なく塞いだ。
「何のために4人で集まったと思ってんさ。…こんな気まずい雰囲気を引き摺ったままで、なまえがお前からどんどん離れていってもいいんか?」

ずくり、と鈍い音がして、心臓が抉られるような痛みが襲ってきた。

「……僕は、別にそんなの…」
「…ったく、お前はどこまで意地っ張りなんさ」
「………、」

ラビのため息が、妙に重たかった。
…恐らく、僕の思っていることなんて、彼にはもう全部バレているのだろう。上手く言い返す言葉も見つけられない自分が、ただの意地っ張りな子どもに思えて仕方がなかった。

「…なぁアレン、『息抜き』だなんて言ったけど、ぶっちゃけオレらは、この機会を何とか活かしてほしいと思ってんさ。なまえと、自分の気持ちと、真っ正面から向き合うかどうかは、お前次第さ」

ラビはそう言い捨て、談笑する二人のもとに向かっていった。
「リナリー悪ぃ!さっき射的でどうしても取れねぇやつがあって…頼むさ!」
「えー?仕方ないわねぇ。ちょっと行ってくるわ。なまえとアレンくんは先に二人で回っててくれる?」
「…え、」
あからさまに「困る」という表情のなまえを軽くあしらい、リナリーとラビはニコニコしながら人混みに消えていった。
…成る程、二人してグルだったわけね。そうでなければ、リナリーがこんな表情の彼女を置いていくはずがない。

「…どうしよう、」
僕に話し掛けるわけでもなく、独り言のように呟いたなまえ。
…『僕から自立したい』と宣言した手前、少しでも僕と距離を取らなければいけないのに、と思っているのだろう。こうもあからさまに『困った』表情を見せられるのは、正直相当凹む。


だけど、
このまま終わりになんて、できない。

「……あのさ、」


「なまえ?」


長い空白を破って僕が言葉を発した、その直後だった。

…今、彼女の名前を呼んだのは、僕ではない。

人混みに、『彼』の姿を見つけた。


「両角、くん…?」

「びっくりした、来てたんだ」

なまえに名前を呼ばれた両角は、ゆっくりとこちらに向かってくる。その途中、僕の存在に気づいて一瞬歩みを躊躇った彼。



……ト ラ レ ル 。




ぎゅっ、

「っ!?」

咄嗟に、僕はなまえの手を握った。
そして、

「…走るよ」
「え?ぅわっ、」

驚く彼女を、そのまま引っ張って、人混みのなかを走りだした。

去り際に盗み見た両角の表情は、人混みのせいでよく見えなかった。



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