シーソー | ナノ


最悪だ。
ただでさえ気分は晴れないというのに。
このタイミングで、こいつと顔を合わせることになるなんて。

「そんなあからさまに嫌な顔すんなよ」
「…してません」

…ああ、まったく、
『ポーカーフェイスはお手の物』だったはずの僕はどこへ行ったんだ。





 ♪シーソー 11





僕に許可を得ることもなく、両角は僕と対話する前提でこちらに近づいてきた。そして何を思ったのか、じろじろと僕の顔を眺めた後、「ふーん」と、やけに興味なさげな声を漏らした。…殴り倒したくなった。
「…なんだ、よく『紳士だ』っていう噂聞くけど、案外そんなんでもないんだな」
「…は?」
「紳士なんていうなら、もっと余裕があって、要領が良くて器用な奴なんだと思ってた」
…何なんだ、こいつ。僕に一体どんなリアクションを取れっていうんだ。こいつの考えてることが分からない。僕はイラつく気持ちを宥めながら、あくまで冷静に彼に接した。
「…何の、要件ですか」

「…なまえ、」

彼女の名前を、どこか意味ありげに呟いた両角。

 ど くん、

嫌でも反応してしまう、心臓。

「あいつ、よくあんたの話してるから、どんな奴なのかと思って」
「…君、は、」
「両角。あいつと同じ部活だった」
彼は淡々と自己紹介を始めた。
そんなこと、分かっている。そうじゃない、僕が問いたいのは、

「…なまえの、こと、」
言葉の続きが、喉の奥につっかえて出てこない。

「…『アレン・ウォーカーから自立したい』んだとさ、なまえ」
言葉に詰まった僕を知ってか、両角は続ける。
「だから、アレン・ウォーカーから離れて、その分俺と一緒にいてほしい、って言った」


 わたしのことなら 心配いらない


僕を突き放す彼女の言葉が、どこかから浮き上がって、僕の頭の中を容赦なく掻き回した。


「俺のこと、自立のために利用していいから、って言った。…卑怯な言い方だと思ったけど、俺にとってはチャンスにしかならないと思ったから」
「…なんで、」

今、自分がどんな表情をしているか、ちっとも分からなかった。



「好きだから。なまえのこと」






***

夏休みも後半を過ぎた。

「…あっつ…」
夏期講習で出された課題をぱたんと閉じて、僕はふうと息を吐いた。課題自体は大したことないのだが、暑さで気が参ってしまいそうだった。部屋に唯一存在する冷房は小さな扇風機。僕はそこに顔を近づけて涼む。
暑さと疲れと、…この得体の知れない、気持ち悪い感情も一緒に、風で飛ばされていったら楽になれるのに。




…ブー、
控えめに震えだした携帯電話。着信相手は、最早見慣れた悪友だった。

『おっ!もしもしアレン?』
「…お客様がおかけになった電話番号は、現在使わ『ちょ、せめて留守電装えよ!何使われてないって!しかも無駄にいい声なんですけど!』…あぁもう、うるさいな、一体何の用ですか馬鹿ラビ」

ただでさえ暑さで苛立っていた僕は、耳をつんざく彼の声にますます苛立ちを募らせた。

『まぁそうカリカリすんなって!ガリ勉優等生のお前に、素晴らしい息抜きをプレゼントしようと思ったんさ』
「ガリ勉は余計です。…息抜き?」
『そっ、息抜き!』
そう言ってはしゃぐラビに、僕は首を傾けてその詳細を待った。




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