シーソー | ナノ


「…なぁ、お前ら喧嘩でもしたんか?」
そう怪訝な表情で尋ねてくるラビに、僕は視線を合わせず、ただ「…知りませんよ」と答えた。

本当に、知らないのだ。
彼女がどうして、僕とあからさまに距離を置くようになったのか、なんて。


ただ唯一分かることは、『あいつ』が、何かしらのかたちで動き始めたことだけ。



 ♪シーソー 10




夏期講習が終わり、がやがやと騒がしい教室を、僕は頬杖をつきながらぐるりと目で見渡した。その先に、彼女の姿はなかった。
「またあいつと一緒なのかよ、なまえのやつ」
「…そうなんじゃないですか」
「なぁ、どうすんだよアレン!このままじゃなまえ、あの両角って奴に取られちまうさ!」
何故かひどく焦ったように、ラビは僕に詰め寄る。
「…どうするも何も、僕には関係のないことです」
「もう、いつまでそうやって意地張ってるつもりなの?」
いつの間にか、ラビの隣で同じように僕に詰め寄るリナリーの姿があった。
「リナリーまで…訳の分からないいざこざに、僕を巻き込まないでくださいよ」
何だかひどくエネルギーを消耗する話題だ。僕は話の筋を理解することを放棄して、さっさと帰り仕度を始めた。

「…呆れた。校内一秀才のアレンくんが、まさかこんなに恋愛下手で素直になれないダメ男だなんて…なまえにも、女子全員にも幻滅されるわよ」

リナリーの不躾な言葉に、僕は思わず手を止めた。
「…どういう、意味ですか」
「アレンくんがそうやっていつまでも意地張ってるせいで、なまえが愛想を尽かせて離れていってるんじゃないの」
「……馬鹿馬鹿しい、先に帰りますよ」
ため息をついて、がたん、と席を立った僕を、リナリーが咄嗟に腕を掴んで引き止める。
「いい加減、そうやって逃げるのやめたら?」
「…逃げてなんかいません」
「逃げてるじゃない!本当は、気が気じゃないくせに!」


「……っ、いい加減にしてください!」

ばっ、と、掴まれた腕を乱暴に振りほどいた。

「逃げるも何も、僕には分からないんですよ!彼女の気持ちも、…僕自身の気持ちも!」

僕が声を荒げたことで、教室が一瞬しん、と静まった。


『両角に取られる』?
『恋愛下手』?


勝手なことばっか言うな。
僕がいつ、そういう対象としてなまえを見た?



…『いつから』?



分からない

だけど、




――『つらい。』

そう感じてるのは、確かだった。


「…っ、すみません、もう帰ります」

鞄を手に取った瞬間、がたん、と響いた机。「おい、アレンっ…」というラビの声を無視して、僕はまるで、何かから逃げるようにして教室を出た。




…逃げてなんか、



「…は、情けな、」

…何が、『分からない』だ。



本当は、もうとっくに分かっているはずなのに。



 僕 は 、



「…アレン・ウォーカー?」


人気のない廊下に響いた、僕のフルネーム。
どこかで聞いたことのある、低くて、嫌に腹の立つ声だった。




……両角。


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