シーソー | ナノ


「ごめんね、だめだった」
ふにゃっと笑うなまえから、情けなく吐き出された言葉。うさぎみたいに真っ赤な目が、痛々しかった。
無理して笑わなくたっていい、のに。なまえのくせに、僕の前で見栄なんて張って、ばかみたいだ。

昔から、しょっちゅう僕の前で泣いてたくせに。こんなふうに強がる彼女に、どう接したらいいのか、分からなかった。


「変わった」なんて、思わせないでほしい。




 ♪シーソー 07



「…〜〜ぬあぁあぁっ!!あちぃ!!もうやってらんねぇさこんなん!!アレンっ!アイス買いに行くぞアイス!!」
ばさばさっ、と激しい音がしたかと思うと、隣で参考書やら問題集やらを机から払いのけていたラビ。どうやら暑さで集中力が途切れたようだ。どうでもいいが、教室じゅうの生徒の注目を集めていることに気づいてほしい。
「ばかでかい声出さないでくださいよ、暑苦しい…っ!

………ハーゲンダッツ5こで手を打ちましょう」
「おま、そこはガリガリ君だろ、高校生の財布事情も考えろよ…!」



夏休みになった。

とはいえ、受験生の僕らにとっては勉学に本腰を入れないと他の人との差がひらいてしまう危険な期間。あそびまくる夏休みなどないに等しいのだ。
今日もこうして高校の夏期講習に足繁く通い、朝から夕方まで参考書とにらめっこ。

…とは言っても、僕はぶっちゃけ余裕なのだが。(しいて言えば、東大の赤本の難関問題にてこずっているくらいだ。)


公立高校の古びた校舎には冷房などという贅沢品は存在せず、骨董品かと見間違えるほど年季の入った扇風機をフル回転させて暑さを凌いでいる。あの扇風機もそろそろ引退だと思う。なんか時々「ギャギャギャ!」って変な音するし。

そんな教室を抜け出し、高校の隣にある小さなコンビニでアイスを買い、日陰で袋を破る。みんみん、じーわじーわと、あちこちから蝉のうるさい世間話が聞こえる。額から滝のように流れる汗を拭いながら、束の間の天国だったコンビニの店内を恋しく思う。

「あー…ガリガリ君まじうめぇ。あ、アレンのリッチミルク一口くれさ」
「嫌です、黙ってソーダ食べててください」
「ちぇっ、けちんぼ」
「小学生ですか君は」

しゃく、とアイスをかじったラビが、ふと思い出したかのようにあ、と声をあげた。

「なぁ、あれからなまえと会ったんか?」
…何の話かと思えば。
「…会ってませんよ、支部大会以来」

吹奏楽の大会のあの日以来、なまえとは会っていない。





あの日、母親に夕飯のお裾分けを頼まれてなまえの家に行った。


「…あ、アレンだぁ」
とん、とん、とゆっくり階段を降りてきたなまえ。まだ制服姿で、どうやら帰ってきたばかりのようだった。その表情にはやんわりと笑顔を浮かべていたが、その目が、「泣いた」という事実をありありと見せつけていた。

「全国大会、だめだったんだ」と言ったなまえ。

「ごめん、ね、せっかく、応援してくれたのに…」
でも、あのお守りのおかげで、金賞もらえたんだよ。
そう言って、また笑った。痛々しい笑顔で。





「……あの、馬鹿なまえ」
「へ?何、何があったんさ」
何のことやら、というリアクションを見せるラビを一瞥し、「いえ、別に」とぶっきらぼうに答えを返した。
ラビは「はぁ?わっけわかんね」と乱暴に頭を掻いたが、訳が分からないのは僕も同じなのだ。
自分が一体、何に対してこんなにムカついているのかが分からない。

なまえが、生意気に僕の前で強がったから?
なまえが、僕の前では泣かなかったから?


……駄目だ、訳が分からない。
なまえが強がろうが、泣こうが、そんなことどうだっていいじゃないか。


みんみんと、せわしなく鳴く蝉の声に、僕の気持ちがかき消されていくように思えた。苛つく反面、紛らわせてくれることが逆にありがたいような気もする。


「…実はさっき、隣のクラスでなまえを見かけたんさ」

隣、といえば、国立文系クラスの講習が行われている。

…なまえ、志望大学は県外の私立だって言っていた、のに。

「なまえ、笑ってたけど、やっぱちょっと元気なさげだったさ。大会、だめだったんだよな…」
ラビはそう言って、眉を下げた。僕は何も言わず、食べ終わったアイスの棒をただ見つめた。
「なまえはさ、これで部活引退ってことだよな」
「…そうじゃないですか」
「なぁ、今日の帰りにさ、なまえのお疲れ会やろうぜ!カラオケとか!」
グッドアイディア!とばかりに目を輝かせ、僕の返事を待たずになまえやリナリーにメールを作り始めたラビ。この男の行動力は、やはり群を抜いている。

ラビがアイスを食べ終わった頃、ブー、とラビの携帯電話が震えた。
「…ありゃ、なまえ今日だめみてぇ。部活の奴らと飯食いに行くらしいさ」
ちぇー、と口を尖らせて残念がるラビ。
「何だよー、もうオレらだけでもカラオケ行こうぜ!リナリーとユウには声かけてあるから!」

…単にカラオケ行きたかっただけなんじゃないか、こいつ。






「はいはいはい!次オレ!そのポルノオレ!マイク貸してユウ!」
「お前さっきから入れすぎだろ!」
ぎゃあぎゃあ騒がしい部屋で、僕はひたすらウーロン茶を飲んだ。
「アレンくん、大丈夫?あんまり曲入れてないけど…」
ウーロン茶に専念する僕を不審に思ったのか、リナリーが隣で話しかけてきた。
「大丈夫も何も、マイク離さないのはあの2人ですからね」
「…たしかにそうね」
そう言ってお互い苦笑をもらしたあと、ちょっとトイレ行ってきますね、と言い残してこっそり部屋を出た。



トイレに向かう途中、ふと、目に入った姿。

…あれ、は。

「なまえ、」
「あれ、両角くん、どうしたの」
「や、俺もトイレ行ってた」

見覚えのある後ろ姿。聞き覚えのある声。なまえ。その隣には、知らない男がいた。
誰だ、あいつ。

「あの部屋全然冷房効かねぇのな。ここのがよっぽど涼しい」
「そだねー、両角くんの席全然風当たらないよね」

…あぁ、そっか、あいつが、トランペットの『両角くん』。言われてみれば、吹奏楽の演奏会やなんかでは、いつもなまえの隣で吹いてた奴だった。

なんで、あいつとなまえが、こんなとこにいるんだ。何でよりにもよって同じ場所なんだ。


「なまえ、なんか顔色悪い?」
両角は、そう言ってなまえの額に触れた。いとも、たやすく。

「つーか、なまえ冷たっ」
「うーん、わたしのとこ、冷房ガンガンに当たるんだよね…寒いのあんまり得意じゃないからさー」
「うわ、まじで。じゃあこれ貸すわ」
「へ、いいの?助かるーありがとう!」

両角の薄手のカーディガンを羽織り、くしゃっと笑ったなまえ。それを尻目に、僕は来た道をゆっくりと引き返した。





(あれ、アレンくんトイレは?)
(あぁ、混んでたのでまた後にします)



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