(お腹空いた…)
午前の授業を終え、ずっしりと重たい資料と提出された課題を抱えながら、よろよろと国語研究室に戻った。よいしょ、と自分のデスクに資料を置いて、肩をさする。うーん、と一伸びしてから、私は鞄からお弁当を取り出した。誰もいない部屋で一人、デスクにお弁当を広げ、小さく「いただきます」と呟いてから箸をケースから取り出す。

「名前先生、」

ひょこ、とドアの向こうから綺麗なシルバーヘアーが顔を覗かせた。何だか最近、妙に彼との絡みが増えた気がする。気のせいだろうか。
ケースから取り出した箸を置いて席を立つと、私がドアに向かう前に彼の方が「失礼します」と私のデスクに向かってきていた。
「ウォーカーくん、どうしたの?」
「これ、さっきの授業で先生が使ってたやつじゃないかと思って」
そう言って差し出してきたのは、まぎれもなく私が使っていた資料のうちの一冊だった。
「わ、ごめんねわざわざ…」
申し訳ない気持ちでそれを受け取り、私はぺこりと頭を下げた。うう、こういううっかりミスがあるから舐められるんだろうなぁ…。
「…ていうのは口実で、先生とお昼一緒に食べたくて、持ってきちゃいました」
かさ、と音を立ててウォーカーくんが持っていたビニール袋を持ち上げる。下げた頭をぱっと上げると、首を小さく傾げて照れ笑いを浮かべるウォーカーくんがいた。零れ落ちそうなほど、大量のパンが入った袋を見て、ああ高校生男子の食欲ってすごいな、と頭の片隅でふと思った。




   





「先生、お弁当なんですね」
まさかこんな展開になるとは。自分に好意を抱いてくれる相手と一緒に食事、それだけで聞こえは良いが、何せ相手は男子高校生であり、教え子である。
(…一緒にお昼食べるだけ。何の下心もない。たまたま、偶然です。)
何故か必死に自分の心の中で弁明し、そしてそんなことを誰に言うわけでもなく考えている自分に疑問を抱きつつ、私は釈然としないまますとん、と椅子に腰掛けた。ウォーカーくんは私の隣にパイプ椅子を並べて座る。その距離、わずか数十センチ。鼻歌混じりでがさごそと袋を漁るウォーカーくんの動き一つひとつが、空気を伝って私の右肩に届く。
…やめよう、変な意識するの。高校生とはいえ、男の子と肩を並べることに慣れていないだけの自分を再認識して、私はお弁当の蓋を開ける。

「…名前先生、料理上手いんですか?」
「へ、」
さら、とウォーカーくんの髪が頬を掠める。私のお弁当を覗き込むウォーカーくんから守るように、私はお弁当の蓋をさっと立てて隠した。
「あ、隠した」
「…勝手に見るの禁止」
「何でですか、せっかく美味しそうだったのに。玉子焼きも煮物もお浸しも」
……時既に遅し。
「…そんなに見せられるものでもないよ、夕飯の残りとか、冷食とかも多いし」
「先生、一人暮らしですか?」
「?そう、だけど」
「へぇ、そっかぁ、じゃあご飯も全部自炊してるんですね」
パンを頬張りながらそう言うウォーカーくんの表情は、何故か妙にきらきらしている。
「じゃあ、食べ物では何が一番好きですか?」
「え?うーん、パスタとか、お寿司とか」
「じゃあ、逆に嫌いな食べ物は?」
「嫌いな物…って、そんなの聞いてどうするの」
「え、だって、嬉しいんですもん」
嬉しい…?どうやらあからさまにきょとん顔をしていたようで、ウォーカーくんは私の顔を見てふは、と笑みを溢した。

「だって、先生のこと、たくさん知れるから。好きな物も嫌いな物も、どんな風に暮らしてて、どんな時に笑うのかとか、そういうこと、僕が誰よりもたくさん知っていたいんです。先生のこと、もっともっとたくさん、知りたいんです」

「……なん…」
『何で』という言葉を、私は慌てて喉に引っ込めた。
「…知ってても、そんな面白いことないよ」
代わりに、当たり障りのない言葉を添えて返した。
自分のしていることが、ものすごく残酷なことのように思えて仕方がなかった。

「ねぇ先生、またお昼一緒に食べてもいいですか?」
袋の中にあれだけ詰まっていたパンを綺麗に平らげて、ウォーカーくんが言った。返答に躊躇うと、「あ、そうだ」とすかさず呟く彼。
「先生、僕玉子焼きも煮物も何でも好きです。あとデザートにみたらし団子があれば最高に幸せです」
「…うん?」
「あと、僕の両親、出張が多くてなかなかお弁当って作ってもらえないんです。僕自身もあんまり料理できないし」
「…?」
「水曜日とか、1限から体育あると特にお腹空くんですよね」
「…ねぇウォーカーくん、もしかしてさぁ…」

ウォーカーくんが、にっこりと笑う。



「毎週水曜日、ここに来るの楽しみにしてます」



今時の高校生は皆、こんなにもしたたかなのだろうか。
(…お弁当箱、もう1個買わなきゃ。)


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