「誰か!保健の先生呼んできて!!」
震える声で叫び、震える手で彼を抱き起こした。
「ウォーカーくん、大丈夫?聞こえる?」

「…せん、せ…」
か細くわたしを呼んだあと、彼はぎゅうう、とわたしのお腹に抱きついた。




「…膝、すりむいた…」

「……ひざ」









   




…彼の自己申告通り、膝をすりむいただけで、奇跡的に大きな怪我にはならなかった。
「いやーびっくりしたよ!名字先生を抱き寄せた後一瞬でゴールから離れるなんて超人技、王子感半端なかったよ!」
「あはは、いや僕も夢中だったので」
保健の先生がウォーカーくんの膝についた砂をピンセットで取りながら、武勇伝を見たかのように興奮して談笑するのを、わたしは横でただ座って聞いていた。
「せんせー、バスケで一人ぶっ倒れたから見に来てー」
「あら大変。名字先生、あとガーゼ貼るのだけお願いしていい?ちょっと行ってくる」
保健の先生はわたしにガーゼを託し、急いで保健室を飛び出していった。
わたしは託されたガーゼを、ウォーカーくんの膝にあてがう。

「……先生は、怪我なかったですか…?」
ウォーカーくんが、いつもの柔らかい声で言った。ガーゼから目を離さないまま、わたしは無言で頷いた。
「…良かった」
「…良くないよ、危なかったんだよ、ウォーカーくん…」
「大丈夫ですよ、僕こう見えて石頭ですし、小さい頃は階段を転がり落ちても無傷だったくらい丈夫で、」
…ガーゼをとめるマスキングテープが、震えて上手く千切れない。視界が歪んで、よく見えない。喉が詰まる感覚がして、上手く声が出せない。

「……先生、顔、上げて」
ウォーカーくんが、両手でわたしの頬を包む。温かくて、少しだけ強張った、男の子の手。
「泣かないで、先生」

ぽた、ぽた、
自分の目から溢れ出てくる大粒の涙が、とめられなかった。

わたしのせい、わたしのせいで、この子を危険な目に遭わせてしまった。本当なら、わたしが、この子たちを守らないといけない立場なのに、守られてしまった。情けなさと、不甲斐なさと、彼が無事だったことへの安堵。色んな感情がごちゃ混ぜになって、全部が水になって、溢れてきた。

「…ごめ、なさい…っ」
「先生、謝らないで、顔上げてください」
くい、と半ば強引に上げさせられた顔。涙でぐしゃぐしゃになって、教師はおろか、子どものような情けない顔。
彼はわたしの顔を見て、ふは、と眉を下げて笑った。

「やった、先生の泣き顔見ちゃった」
「…っ、」
途端、急に恥ずかしくなったわたしの顔に、一斉に熱が集まった。それでも彼の両手は離すことを許さなくて、わたしはただこの拷問とも言える所業に耐えるしかなかった。
「…ちょっと、いい加減、はなしっ…」
耐えきれなくなったわたしが彼に訴えようとした直後、ぎゅうっ、と彼の腕の中に閉じ込められた。
「…言ったでしょ?本気だって」
僕の本気、伝わりましたか?
顔は見えないけど、やけに嬉しそうな声でそう言うから、きっと柔らかな笑顔を浮かべてるんだろう。
「…そこに、繋がるの…?」
「ティキ先生も言ってたじゃないですか、男子高校生の頭の中」
「…やっぱり、聞こえてたんだね…」
「どさくさに紛れて先生のこと抱き締められた、って、内心すっごい嬉しかったんですから」
「……今もでしょ」
「あは、そうですね」
わぁ…っ、と、グラウンドの方から歓声が聞こえる。どうやら次の決勝の対戦相手が決まったらしい。
「先生、この数日間、僕のことばっかり考えてましたよね」
「…考えたよ、今も悩んでるよ」
「すぐにじゃなくていいんです、僕のことをたくさん知って、考えて、悩んでください。絶対に、僕のことが好きって、言わせてみせますから」
何の遠慮もしませんから、覚悟しててくださいね。
そう言って、彼はわたしの頭をそおっと撫でた。…何だろう、この柔らかな雰囲気からにじみ出る抗えないプレッシャーは。

「そういえば先生、さっき僕の腹筋見て良からぬこと考えてたでしょ」
「か、考えてないよ!」
「嘘だぁ、細い割に立派な腹筋だなぁって顔で見てた」
「(何この子、エスパーなの?)」


その後、サッカーの優勝旗とともに、ウォーカーくんの『王子的武勇伝』が学校じゅうに広まったことは、言うまでもない。


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