「…な、何だあの高校生は…!」
一晩経っても、わたしの中での疑問は消えなかった。
今時の若者はみんなああなのか?教師相手でもあんな気軽にスキンシップ取っちゃうのか?いやでもウォーカーくんがあんなことしてるとこ見たことないし、まさかそんなチャラチャラした子だとは思ってなかった…そ、そっか、あの子も立派な男子高校生だったのね。良かった良かった…良かったのか?
「…名前ちゃん?」
そしてあの言葉の真意はなんだったんだろう。

『男の前であんまり隙を見せない方がいいですよ』

…いや、別に隙なんか見せてないですけどね。むしろもっと隙を見せた方がいいのはウォーカーくんの方だと思いますけどね。
「名前ちゃーん、そろそろ出欠取ってー」
「あ!ごごごめん!」
ぼんやりしていたら、クラスの皆に笑われた。うう、こんなだから教師扱いされないのね…。がくっと肩を落としながら出欠を取るわたしの姿を、こっそり笑いながら見ている子がいたことにも、気付かなかった。
「…アレンどした?」
「…いえ、可愛いなと思って」
「あー、可愛いよな名前ちゃん」
「(…本当、こういう奴がいるから油断できないんですよ)」




   




授業と帰りのホームルームを終え職員室に戻ると、わたしは力尽きるようにデスクに突っ伏した。自分のキャパの狭さと免疫の無さをどこまでも悔やむ。高校生に弄ばれて余裕なくす教師とか、どんだけ…。
「どうした名前ちゃん、疲れてんなぁ」
飴いるか?と隣のティキ先生がお節介おばちゃんのように色々言ってくるのをちらりと横目で見ながら、わたしは深いため息をついた。
「え、ちょ、俺の顔見ながらため息とか、失礼だなおい」
「え、あ、すみません違うんです、ちょっと考え過ぎて頭がいっぱいいっぱいで…教師って難しいですね…」
「え、何、悟り開くの?悩みなら聞くぜ?」
「……」
「今『この人に相談してアドバイスなんかもらえるのかな…』とか思ってるでしょ」
「………ソンナコト、」
「カタコト!分かりやす!俺だって1年目の時なんか結構悩んだのよー、いいアドバイスできると思うんだけどなー」
「…そうなんで、むぐっ」
突然、わたしの口に飴をぶっ込んできたティキ先生。ちょっと、強引過ぎませんか。美味しいですけど。
「まずは糖分摂って、んで、ぐっすり寝る。これで大体解決できっから」
ドヤ顔でそう言うティキ先生に、思わず笑いがこみあげてきた。
「…ふ、あはは、全然いいアドバイスじゃないじゃないですか」
「えー、だって、名前ちゃんらしくない暗ーい顔してたからさぁ」
どうせ厄介な生徒のことでも考えてたんでしょ?
そう言いながら、ティキ先生は自分の口にも飴を放り込む。
「…厄介、ではないんですけどね、ちょっと、何を考えてそう言ったのかが分からないなぁって…」
ころころと口の中で飴が転がる。オレンジの甘酸っぱさが心地いい。
「…まぁ、男子高校生の考えてることなんて、大体はエロいことか好きな奴のことだろ。大抵の悩みはそこに行き着くんだよ」
「…それはティキ先生だけじゃないですか」
「ちげーよお前分かってねぇなぁ、いいか、どんなに優等生ヅラした奴でも大抵は頭の中そういうもんでいっぱいなわけよ。あれだほら、名前ちゃんのクラスの白髪頭の奴とかだってそうだぜー」
「…ウォーカーくんですか?よく見たら白髪じゃないんですけどね」
「僕がどうかしたんですか?」


……あれっ?


くるりと振り向けば、きょとん顔したウォーカーくんが立っていました。
「すみません、先生に聞きたい問題があって来たんですけど…お邪魔でしたか?」
「おおおお邪魔じゃないですよ、ごめんね…」
最高に気まずいタイミングを作った張本人は、いつの間にか我関せずの空気を作って事務仕事に勤しんでいた。何だか裏切られた気分。
「で、僕がどうしたんですか?」
「いや、あの、ウォーカーくんは優秀だよねっていう話をしてたの」
「…先生って、嘘が下手ですよね」
「…で、聞きたいのってどれ?」
大人げない話の逸らし方をすると、彼は渋々わたしの隣のイスに腰掛けて問題集を広げた。なんて空気の読める子。
「この間の模試の解答説明のところです。何でAなのかなって…」
「ああ、ここ引っ掛けだったよね。この下線部よりかなり遡ったところにヒントがあってね…」
わたしの解説に頷き、時々「あ、そっか」と納得したように呟くウォーカーくん。さすが理解が早い。
「そうそう、だから著者の意見の本質はこっちの方…で…っ!?」
解説に夢中になるあまり、わたしは、ウォーカーくんの顔がものすごく近いところにあったことに気付かなかった。
「…ど、どうしたの…?」
「…先生、何か、いい匂いする…」
「え、あ、飴舐めてるから、かな…」
びびび、びっくりした。ばくばくする心臓を手で押さえながら、じり、とウォーカーくんから顔を遠ざける。
「いいな、飴」
「お、何なら少年もいる?」
ウォーカーくんの呟きを拾ったティキ先生が、すかさず飴の袋を取り出し始める。
「…いえ、結構です」
「あ、そう…」
しょぼんとしながら飴をしまうティキ先生を目で追う(何がしたかったんだあの先生…)。

と、今度は後ろから、首にふわりと何かが掠った。思わずぴっっ、と肩が弾み、そのまま後ろも振り向けずに固まるわたしの身体。
だって、だってだって、ウォーカーくんが、わたしの首に、鼻を、埋めてるから!
「…先生、飴じゃなくて、先生からいい匂いがします」
「…っ!?」
なん、なんなんだこの高校生!反射的にバッと身を翻し、すかさずウォーカーくんから遠ざかる。あれ、さっきも似たようなことしてたなわたし。
「っ、ウォーカー、くん!」
「はい」
「な、何なの君は、昨日から、そういうこと…っ、だ、誰にでもこういうことしちゃ、だめだよ、」
しどろもどろになりながら喋るうちに、言いたいことが段々よく分からなくなってきた。そんなしどろもどろなわたしを見て、ウォーカーくんが照れたように口元を手で隠す。
「…誰にでも、こんなこと、するわけないじゃないですか」
…はい?
「名前先生だけです、僕がこういうことするのは」
ますます意味が分からない。彼はわたしに何を言いたいんだろう。疑問符ばかりが頭に浮かんで今にもショートしそうなわたしを引き戻すかのように、ウォーカーくんはぎゅ、とわたしの手を握った。
真っ直ぐな瞳で、彼は言い放った。


「…名前先生が好きだから、触れたいって思うんです」


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