つむぎうた | ナノ


「なまえちゃん、それ終わったら会議のレジュメの印刷お願いしていい?」
「あ、はい、わかりましたー」

印刷機の使い方にもだいぶ手こずったけど、もう大丈夫。紙が詰まったときの対処方法も、ようやく要領をつかめてきたところだ。
「それ以前に紙を詰まらせるな」っていう話だけど、そこはどうか目を瞑っていただきたい。



社会人になって半年とちょっと。
去年の今頃はまだ大学生で、卒論だよーどうしよー、なんて考えてたけど、卒論なんてもうずいぶんと遠い過去のように思える。今はひたすらに、言われた仕事をこなして失敗しながらも日々学んでいる。なんかそんな感じ。


「企画開発部」なんていう専門性の高い部署を自ら希望して、配属されたわけだけど、決してわたしが使える人材だと見込まれてのことではないのは明らかだろう。
だって、ようやく印刷機やパソコンの扱い方に慣れてきた、という段階なのだ。企画案を挙げるなんて、きっともう当分先のおはなし。

『新人は、3年経ってようやく戦力になる』なんて言うけれど、果たして3年後、自分が会社の戦力になっているかなんて、甚だ想像もつかない。


そんな持ち前のネガティブ思考をなんとか振り払いながら、部長のコムイさんに頼まれたレジュメを片手に、印刷室へと向かう。(「コムイ部長」って呼ぶとすごく苦い顔をされるので、みんなコムイさんって呼んでる)



ふと
向かいに見えた 透き通るような銀灰色。



彼が、いた。



心臓のあたりがきゅ、となるのを感じて、思わず顔を歪める。

だけど、この感じは、嫌いじゃない。




割と距離があるうちに、ぱち、と目が合った。

「あ、みょうじさん」
印刷室?と、彼は続けてわたしに話しかける。
廊下で会うと、必ず声をかけてくれる彼に、人の良さを、改めて感じる。
印刷です、と答えると
「また紙詰まらせたら言ってね」
と、微笑む。

「も、もう詰まらせないですよ…多分…」
あぁそういえば、以前に何度か、わたしが印刷機に紙を詰まらせたときに、心配して見に来てくれたこの人に助けてもらったことがあった。
恥ずかしくなって、顔を背けながら呟くと
「ごめんごめん、もう一人で対処できるもんね」
そう言って、申し訳なさそうに、柔らかく笑った。
本当に、空気を柔らかくする人だ。

そして、わたしが未だに紙を詰まらせてしまう、という事実も、彼は目を逸らさずにしっかりと認知している。……ちょっと、なんか悲しいけど。


「報告会お疲れさまです、ウォーカー先輩」
「うん、ちょっと緊張した」
「ウォーカー先輩でも緊張ってするんですね〜」
「そりゃあ、だって、上司の前だし。他の部署の人もいるし」

社会人2年目になったら、研修の報告とかもお偉いさんの前でしなくちゃいけないらしい。わたしも来年やらなきゃいけないのかと思うと、今からとっても心配。

「まぁ、そんな堅苦しいやつじゃないから大丈夫だよ」
でもやっぱ、緊張してお腹空いたなぁ。
お腹に手を当ててそう苦笑する先輩を見て、ふと思い立ちスカートのポケットを漁る。

うんと……あ、あった。

「これ、食べますか?」
「食べます!」

手のひらに差し出したりんご味のハイチュウが、瞬く間にいなくなった。
口のなかでハイチュウをもごもごしてる姿が、何だかリスみたいに可愛くて、思わず笑ってしまう。

ていうか即答って。先輩に食べ物をあげるときはいつもそうだけど、そもそもこの人の身体の一体どこがそんなに食べ物を欲しているんだろう、と心配になってしまう。

「あ、りんご味」
「秋冬限定らしいですよ」
「へぇー、おいひいね」
「よはっはれふ」(よかったです)
「え、何それ、僕の真似?」
「ふふ、」

和んだ空気に、思わず本音がぽろりとこぼれた。
「先輩、なんかリスみたいですね」
「リス?なんで?」
「口がもごもご動いてて、なんかリスみたいでかわいいなぁと思って」


そう言うと、もごもごしてた先輩の口が止まって、わたしを見たまま動かなくなった。


え、あれ?なんかまずいこと言っちゃったかな!…大変だ!

「な、なんかすみません…」
とりあえず謝ってみる。ていうか「なんかすみません」って何だ!どんな謝り方だ!わたしのばか!


「…はぁ…みょうじさんさぁ…」

いかにも「僕、怒ってます」風な表情で、ずず、と顔を近づける先輩。

ほのかに、りんごの香りがした。

いかにも怒ってるような表情なのに、本当に怒っているようには見えないのが、先輩の不思議なところだなぁと思う。


……っていうか、え?ちょ……ち、近っ!近いこれ!思ったより近い!顔近い!

「、せんぱ…っ」



「男に”かわいい”なんて、言うもんじゃない、よ」



耳元でそう囁かれ、思わず、ぐっ、と身体がこわばる。


先輩の顔が、耳から離れたのを感じた。
それと同時にぽん、と、頭に乗せられた、あたたかい手。

「ごちそーさま」

先輩はそう微笑んで、企画開発部へ戻っていった。



私の顔も、負けじとりんご色だったことは、言うまでもない。



あれが、私の憧れの、先輩。



りんごとわたしと、あこがれの先輩

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