つむぎうた | ナノ


「もしかして、面接ですか?」


これが、初めて交わした言葉。







出会いのおはなし






その日、わたしはとても困っていた。いやもう困っていたっていうか、もう本当にどうしようもない絶望感に襲われていた。

就活を始めて半年ほど経ち、ようやく着慣れてきたスーツも、その日は走りまくっていたせいで、残念なほどによれよれだった。
腕時計の長針は11を指し、わたしの冷や汗は最高潮。冷や汗だけでなく、心なしか視界までも潤んできて、やだなぁこんなところで泣くなんて悲しすぎる!と、上を向いて涙が零れるのを必死でこらえた。


とある高層ビルのロビー
時刻は12:57


「ようやく、最終選考まで残れたのに…」
誰に呟くでもなく、一人ごちた。

第一志望の、ずっと憧れてきた企業。幾度も筆記試験や面接を乗り切り、ようやく手にした最終選考の切符。それが今、「遅刻」という情けない理由で無効になりつつあるのだ。
面接は13時開始。面接会場は、このビルの……どこかの階。

そうなのだ、こんな大事なときに限って、会場の部屋を確認しないまま家を出てきてしまった。どうして最終選考だけ本社じゃないんだろう!ここどこ!
周りを見渡すも、就活生らしき姿は見当たらず、かといって、ちらほら見えるサラリーマンに声をかける勇気もない自分。本社に電話しても、土曜のせいか誰も出ない。

…終わった。さよなら私の第一志望……。肩を落とし、その場にぺたりと座り込む。





と、同時に、聞こえた声。


「あの、もしかして面接ですか?」





声のほうに振り向くと、

サラリーマンと呼ぶにはまだ若く
学生と呼ぶには妙に落ち着いている

そんなスーツ姿の男性がいた。

一番に目に付く、銀灰色の柔らかそうな髪は、透き通るようにきれいで、控えめに揺れていた。それと同じ色の瞳と焦点が合った瞬間、なんだかひどく、胸がぎゅう、と、しめつけられた。


「…あの……?」

もう一度声をかけられ、ずっと見惚れていたことに気づいた。
「す、すみませんぼーっとしちゃって」
「いいえ。それより…えっと、就活生、だよね」
「はい…でも面接会場が分からなくて…」
もう多分、だめだと思います。
腕時計を指差してそう苦笑すると、彼はなぜか目を見開いた。

「うちの会社の面接だよね?」

そう言って彼は、首からさげた社員証を手に取り、わたしの前に掲げた。それには確かに、わたしの第一志望の社名があった。
その下には、彼の顔写真と、「アレン・ウォーカー」という文字。
(カタカナの名前…日本人じゃないのかな……って見るとこ違うわたし!)
「そ、そうです!その会社です!」
「良かったー…まだ間に合うよ!僕が案内するからおいで!」

こっち、7階だよ!
彼はそう言って、わたしの手を引いてエレベーターへと走る。前につんのめりそうになりながら、わたしは彼の手に、未だ現実味を感じられなかった。
乱れた息を整えながら、彼が止めておいてくれたエレベーターに乗り込む。



動悸が、ひどくうるさく感じた。

走ったせいか
間に合うかもしれないという期待のせいか

それとも
彼が隣にいるせいか。



腕時計が12:59を指す頃、エレベーターは7階で止まった。
「エレベーター降りたら向かって右に進んで。突き当たったところが会場だよ」

いってらっしゃい、

ドアが開いた瞬間、彼がぽん、と背中を押してくれた。
不思議なことに、何でもがんばれそうな気がした。



彼のほうを振り向くと、わたしを見据え、笑顔で
「大丈夫、きっと受かるよ」

そう、送り出してくれた。

「本当に、ありがとうございます!がんばってきます!」

彼の笑顔を、頭に幾度も反芻しながら、全速力で会場へ向かった。



採用決定通知が自宅に届いたのは、それから一週間後のこと。


- 2 -


[*prev] | [next#]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -