つむぎうた | ナノ
年末。会社が特に慌ただしくなる鬼のような時期。もちろんわたし達も例に漏れず、毎日が終電時間との戦いだったりする。
「なぁ、なまえちゃんはクリスマスとかどーすんの?アレンと何すんの?あ、ごめん何かすげぇ卑猥な質問しちゃったさーごめんごmぐほっ…っいってぇっ!!何すんだよアレン!!」
そんな中、なぜか悠長に雑誌をめくって寛ぐ営業部のラビ先輩を、隣にいたウォーカー先輩がものすごい力で引っ叩いていた。…内心、少しスッキリした。
「いい加減にしてくださいバカラビ。いいですか?こちとら15分後にはここを出て年内の業務総括で取引先へ向かわないといけないんです。その貴重な15分休憩をこうして昼食にあてているこの現状を目の前にして、それでも君は僕らの邪魔をしようとするわけですか?よほどの馬鹿ですか?大体君のいる営業部の社員だって身体に鞭打って走り回ってるっていうのにどうして君は「せ、先輩あの!落ち着いてください、もうすぐ唐揚げ定食できると思うので!社食のおばちゃん頑張ってるので!何ならわたしのサンドイッチ差し上げますので!」
大変だ、ウォーカー先輩が多忙と空腹で珍しくいらいらしていらっしゃる…!とばっちりを受けたラビ先輩に少し同情しつつ、わたしは仲裁に入って何とかこの場を収めようとした。
「オレだってこの後得意先回りなんさー、でもその前にアツアツの君らの話で暖を取ってから出発しようと思ってんの」
「ラビに話す暇があったら僕は唐揚げ定食をもう1つ頼みますよ」
ウォーカー先輩はぶっきらぼうにそう言い残して、小走りで唐揚げ定食を受け取りに行った。
「でも、アツアツってとこは否定しねぇのな」
よかったな、上手くいって。
ラビ先輩がわたしにそっと耳打ちした。はむっと口に咥えたサンドイッチにむせそうになったけど、何とか飲み込んだ。
「どうよ、彼氏彼女になった感想は」
「…正直、あんまり実感できないまま仕事に追われています…」
「あちゃー、これだから年末ってやんなるさ」
…あれから、本当に息つく暇もないまま、年末のバタバタの忙しさに巻き込まれ、ウォーカー先輩とまともに話す時間もない。
「倉庫に閉じ込めたあの後、アレンからこれでもかってくらい反撃くらったさ…」
「えっと…具体的に何をされたんですか…?」
びくびくしながら興味本位で尋ねると、ラビ先輩の顔が一瞬にして青ざめていた。
「多分これ外部に漏らしたら、オレの末代まで呪われる気がするから言えねぇさ」
「……すみません…」
「でもあいつ、リナリーに尋問受けてたじたじになってたさ。…ここだけの話、なまえちゃん絡みのことになると、リナリーには頭が上がらねぇんさあいつ」
「何の話ですか?」
「「何でもないです」」
戻ってきたウォーカー先輩に慌てて言葉を返したら、ラビ先輩とハモった。
***
「お疲れさま、これから外回り?」
トイレに向かう廊下を駆けていると、ばったりと会った人物。そのまま通り過ぎる彼女に、わたしは咄嗟に声をかけた。
「…神木さんっ、」
名前を呼ばれ、ゆっくりと振り向いた神木さん。わたしを見るなり、苦笑いを浮かべて「よかったね」と言った。
「ウォーカーさんと上手くいったんだってね」
「…いつも思うけど、神木さんの情報網ってすごいよね」
「社交性の違いよ」
そうか、これが営業部の真の実力か…!感動して思わず拍手が出そうになった。
って、違う違う、そうじゃなくて。
わたしは一呼吸おいたあと、聞きたかったことを問いかけた。
「…金曜日、ウォーカー先輩に電話した時、告白したんだね?」
わたしの問いかけに、「何でそれを知ってるの?」と言いたげな表情でわたしを見遣った神木さん。そしてゆっくりと、顔を伏せた。
「…本当は、まだ言うつもりじゃなかったの。でも、みょうじさんが来たって言うウォーカーさんの声を聞いたら、わたし、自分のペースを見失ったの」
案の定、すぐにふられたわ。
そう言って、綺麗に笑ってみせた。
「…神木さんは、すごいね。…わたしなんて、まだ先輩に、ちゃんと好きって言ってないのに」
「はっ!?何で!?」
「えーと、何か、タイミングが上手く合わなくて…!」
しどろもどろになりながら言葉を返すも、神木さんにあわせる顔がない。ほんとにね、何をやってるんでしょうねわたし。
「…でも、ちゃんと言うから。
…それから、神木さんにも言わなきゃいけないことがあるの」
あの時、神木さんに『ウォーカーさんのこと好きなの?』って聞かれて、すぐに答えられなかった自分。
「わたし、ウォーカー先輩のことが好きだよ。
…神木さんに背中をいっぱい押してもらって、いっぱい感謝してる。
でも、ウォーカー先輩の隣にいるのは、神木さんじゃなくて、わたしがいい」
『ありがとう』と『ごめんね』は、もう言わない。そこにエネルギーを費やすくらいなら、わたしはその分、神木さんに胸を張って言えるくらい、ウォーカー先輩を大事に想う。
「…言ったでしょ、営業部に異動する可能性があるなら、わたしだって諦めないからね」
「う…うん、がんばる…!」
「何でみょうじさんってそうどこか抜けた発言をするのかな、何か気が抜けるよね」
「あ、え、ごめん、でもがんばるから」
そう宣言して、わたしはトイレへとダッシュした。
「…本当に、営業部来てくれないかなぁ、ウォーカーさん」
ぽつりと呟いた言葉が、宙に浮いた。
***
取引先へと向かう車内、運転するウォーカー先輩の隣で、諸々の業務を片づけるわたし。
「A社さん、1月から営業担当が変わるそうです」
「そうなんだ、じゃあ引き継ぎ事項も今日一緒に確認しちゃおうか」
「はい」
「大変だね、年明けから異動なんて」
「……先輩、」
「うん?」
「……1月から営業部に異動になるって、本当ですか…?」
核心に触れた頃、信号はちょうど赤に変わった。ゆっくりとブレーキをかけて、車が止まった。
「…もしかして、神木さんに…?」
「…やっぱり、本当なんですか…?」
神木さん、というキーパーソンの名前を口にした先輩。どくんどくん、心臓が早く早くと急かすように鳴る。これが真実なら、わたしはちゃんと覚悟を決めなければ。
先輩と離れることを。
神木さんの存在を。
「…そういうお誘いは、あったよ。取引先からも賛成の声があったりして、僕抜きでトントン話が進んでいったみたい」
「じゃあ…っ」
「断ったよ、企画開発部での経験もまだまだなのに、そんな中途半端じゃ戦力にはなりませんって。内心、すっごいビクビクしたけどね」
先輩はそう笑って、車のアクセルを踏んだ。青に変わった信号が、車の流れを作り始めた。
「…じゃあ、来年も、一緒に仕事できるんですか…?」
「うん」
そっか、先輩、まだ一緒に仕事、できるんだ…!
「……不安だった?」
先輩の言葉に「そ、それは、もう…」と歯切れの悪い言葉を返すと、先輩は「へぇ〜そっかぁ」と、笑顔で呟いていた。
「なんか、ドライブデートみたいだよね」
「デッ…!」
「何でそこで照れるかななまえちゃんは」
「だっ、だって…」
「まだ告白の返事、ちゃんともらってないんだけどなぁ」
ニヤニヤ、妙な笑顔を浮かべてちらりとわたしを見るウォーカー先輩。わたしはう…、と言葉に詰まって、また顔が赤くなった。わたしの気持ちなんてもうとっくにばれてるんだろうけど。
「…す、好き、です…!」
「誰が?」
…えええぇえ!
「せ、先輩が…」
「アレン」
「へっ、」
「『アレンが好き』って、ちゃんと言って」
……すんごいハードルが上がった!!
悶々と悩むあいだに、車は取引先の駐車場に着いてしまった。
「…い、今じゃなきゃ、だめですか…?」
「うん。だめ。」
…にっこりと即答する先輩は、どうしてこんなに圧力があるのでしょうか。
「……ア、アレンせ「『先輩』は無し。」
…呼び捨てで言えと…!?
「むっ、無理です心臓爆発します!」
「じゃあ、僕も言えば文句ないよね?」
かたん、
ダッシュボードに右手を置いて、先輩の顔がわたしに近づく。咄嗟に逃げようとするわたしの腕を、先輩が掴んで阻止した。
え、ちょ、ちょっと、近いです先輩!
「…っあ、えっと…っ」
ふ、と、耳元に息が、かかって、あ、どうしよ、力、入んない、よ。
「なまえが、好きだよ。」
「………っ!!!」
ああ、もう、このひとは、
どれだけわたしを骨抜きにするのだろう。
「……アレン、」
ゆっくり ゆっくりと
つむいでいくように
「……アレンが、好きです」
そうしてまた
ひとつ ひとつ
むすんで つないで
「…はい、合格。」
くちづけて
「っ!い、いまっ、キ…!」
しあわせを つむぐ
紡ぎ唄。
*end*゚
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