つむぎうた | ナノ


『備品倉庫』は、印刷用紙とか、蛍光灯とか、その名の通り備品しか置いていないうす暗い部屋。この部屋に入る時は、大体何人かで連れ添って入ることが多い。なぜなら、

「……あぁ…また蛍光灯切れかかってるよ…怖いよぉ…!」

ジジジ、と歪な音を立てて、蛍光灯がチカチカと点滅する。他の部屋は綺麗なのに、なぜかこの部屋だけは整備が行き届いておらず、埃が溜まっていたり蛍光灯が切れていたりと、大変居心地が悪いのだ。


できることなら、早くここから抜け出したい。だけど、
(…ウォーカー先輩を見つけないと…)

高く積まれた備品の壁を抜けながら、先輩の姿を探した。




「……です、…さんは…」


……小さく聞こえた、人の声。女の子の声と、それから…

…よく、聞こえ、な い、



 ばさっ、


どさどさどさっ
「ぅあっ!」


…どうやら、どこかで引っかけてしまったようだ。埃とともに、あり得ない量の段ボールがわたしの頭上に落ちてきた。
やだ、もう、なにこれ、


「だっ、大丈夫ですか!?」

あ、せんぱいの、声。それから、二人分の足音が、慌てて近づいて、きた。やだ、やだやだ、こんな姿、恥ずかしくて、見られたくないのに。
先輩と、(おそらく)事務の女の子が、わたしの上に積み重なった段ボールをどけてくれた。
「…って、なまえちゃん!?」
…ああ、ばれちゃった。
「…すみま、せん、えっと…こ、コピー用紙、を…」
やだもう、何で今更言い訳なんかしてるんだろう。何だかすごく、惨めだ。意味も分からず、泣きそうになったわたしは、涙を堪えようと慌てて顔を背けた。それでもわたしには我慢が足りなかったようで、ぽろ、と頬を何かが伝う感覚が、した。



「ごめんね、さっきの事務用の資料の件、後日でもいいかな」
急用ができちゃったみたいだから。

そう言って、わたしの頭をぽん、と撫でたのは、ウォーカー先輩。

「…へ、」
「ああ!全然いいですよー、ここにも資料なさそうなので他を当たってみますね」
「…あ、あの…?」
「ありがとう、見つけたら経理のほうに回すね」
「はーい、じゃあわたしもお昼休憩行ってきますね、彼氏と♪」


……あ、あれ?


笑顔で会話する二人に着いていけないまま、事務の女の子は「お大事にね」とわたしに声をかけて備品倉庫を出ていった。


…何が、どうなっているんだろう?


「なまえちゃん、大丈夫?」
頭が追いつかずポケーっとしていたわたしに、ウォーカー先輩が優しく声をかける。
「…え、えっと…?」
「びっくりしたよ、空の段ボールで良かったね。怪我とかしてない?」
「…ぇ、あ、はぃ…」
「よかったー、でも結構埃かぶっちゃったねー」
ぽんぽんと、わたしの頭や肩を優しく掃ってくれた先輩。
「…せん、ぱい」
「うん?」
「さっきの事務の子…良かったんですか…?」
「?うん、事務用の資料がひとつ見当たらないらしくて一緒に探してたんだけど、他にも心当たりがあるらしいから」
「…仕事の、話、?」
「え?うん」
「…告白、とかじゃ、なくて…?」
「…へっ?」
だって、だってさっき神木さんが…!

「…よく分からないけど、なまえちゃんの勘違いだと思うよ」



……神木さんんんんん!!


ぺたんと座りこんだまま、全身の力が抜けた気がした。「なんだぁ…っ」と息を吐くように呟いたわたしを、ウォーカー先輩が不思議そうに覗きこんだ。
そして、わたしの表情を見て何かを悟ったのか、にやりと不敵に微笑んだ。
「…なぁに?誰かに何か言われた?」
「っ!ちがっ、違いますっ」
ぶんぶんと勢いよく首を振って否定するけど、余計に怪しまれてしまったようだ。
「なら、何でそんなに顔真っ赤なの?」
「…っ、赤くないです」
「じゃあ、何で泣いてるの?」
「…い、痛かったんですっ!段ボールが!」
「へぇー」
くすくすと笑いだしたウォーカー先輩に、最早わたしの嘘なんて簡単に見抜かれているんだなぁと、自分が情けなく思った。


先輩が小さく笑う、その後ろで、

キィィ、ドアの閉まる音がした。

「「へっ?」」


先輩とわたしがドアに目を向けた、次の瞬間、


 ばたんっ
    …がちゃ。


「…ちょ、今、鍵…!」
え、なに、何で鍵閉められちゃったの!?


「……あんの、馬鹿兎め」
わたわたしているわたしの横で、ウォーカー先輩があり得ないほど黒い声を発した。先輩の持ってる携帯を覗きこむと、


―――――――

From:ラビ
Sub:THE★密室

昼休憩終わるまで残り30分
しばらく2人きりにしてやるさ
ちゃんとケリつけろよー

やらしーことすんじゃねぇぞ!笑

    ―END―

――――――――


「……ラビ先輩…!」
「あいつ…後で復讐してやる…」
「ちょ、先輩!?何する気ですかその顔…!」
…ラビ先輩、
最高に気まずいシチュエーションをどうもありがとうございます…!








「…ごめん、」

沈黙を破り、ウォーカー先輩の意外な言葉がわたしの耳に届いた。
「え、いや、先輩のせいじゃなくて、ラビ先輩の…」
「ううん、そうじゃなくて」
「……?」
「…ごめんね、なまえちゃんのこと、きっとたくさん困らせてるよね」
ぽつりと言葉を零した先輩。宥めるように、わたしの頭を撫でる。
「あんなことして、ごめん」
先輩が言っているのは、きっと、お見舞いに行ったときの、こと。

「正直に言うとね、お見舞いに来てくれたのがなまえちゃんで、嬉しかったんだ。自分でも気付かない熱に、なまえちゃんは気付いてくれて…。しまいには『ばか!』って言われるし」
「あああぁぁ……!す、すみませ…!」
慌てて謝ると、先輩はまたくすくすと笑ってみせた。
「あはは、違う違う、…嬉しかったんだ、そこまで自分のことを心配してくれる人がいるんだなぁって」
ありがとう。
その言葉に、わたしは照れくさくて上手く言葉を返すことができなかった。




「…本当は、今のままで十分だと思ってたんだ」
「…?」
先輩の言うことがよく分からなくて、わたしは首を傾げて先輩を見遣った。先輩は眉を下げてほんの少し困ったように笑いかけた。

「同じ部署で、一緒に仕事をして、頼れる先輩としてなまえちゃんのそばにいられたら、それで十分だと思った」

だけど、
いつからだろう、それだけじゃ満足できないと思うようになったのは。

「もっと、頼ってほしくて、でも、近づこうとすると、なまえちゃんと距離ができていくような気がして。もどかしくて、僕が頼りないからだ、って焦って」
そしたら、慣れないこと考えたせいで熱まででちゃった。
そう言って冗談半分で笑ってみせた先輩。

…待って、じゃあ、熱が出たのって、
「わたしの、せいで…」
「ちょ、ごめん冗談だから!」
サー、と青ざめる表情を見て、先輩が慌てて弁解する。



「…金曜日、神木さんから電話があって、

……そこで、ようやく、気付いたんだ。自分がずっと思ってたこと」










「なまえちゃんが、誰よりも大切なんだ」

頼りない僕だけど、頼りになる先輩でありたい。
その気持ちは、いつの間にか先輩・後輩の範疇を超えていた。

先輩として、じゃない
『アレン・ウォーカー』として、彼女を大切にしたいと、強く強く思った。




「なまえちゃんが好きだよ」






……ウォーカー先輩は、わたしを泣かせる天才だ。
どうしてくれるんですか、涙がどんどん溢れて、水溜まりになって、しまいそう。

「…っ、せんっ…ぅああぁんっ」
子どもみたいに泣きじゃくるわたしを、少しだけ困ったように、だけど落ち着かせるように、ほんの少し躊躇いながら、先輩が抱き寄せてくれた。
ああ、先輩のスーツ、涙で濡れちゃう。そんなのお構いなしに、先輩は腕に力を込めてわたしを離さなかった。

「あーあ、そんなに泣いたら午後仕事できなくなっちゃうよ?」
「…っだれの、せいっ、ですか…っ」
「あはは、じゃあ一緒にさぼっちゃおうか」
「だめ、です…っ」
「…だよねー」


本当は、このまま
離れたくないんです。

なんて、
恥ずかしいから、絶対言わない。




きらきらなみだ
(泣き虫でごめんね。)



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