つむぎうた | ナノ


ぴぴぴ、がしゃん、


「−…ぃ、おーい、みょうじ?」
「……」

がしゃん、がしゃん…
印刷機の規則的な音で麻痺したわたしの脳は、考えることをすっかり放棄していた。…だめだ、ぼーっとする。

「なまえちゃんなまえちゃん、これモノクロ印刷になってるわ」
「…えっ!あ…す、すみません!」
リナリー先輩の声に慌てて印刷中止のボタンを押して、無駄にしてしまった用紙を再利用箱に入れた。うう、もったいない…。
「…ねぇ、やっぱり体調悪いんじゃ…」
リナリー先輩は心配そうにわたしの顔を覗き込んだ。
「そ、そんなこと…」
「だって、なまえちゃん今朝から様子がおかしいもの。上の空だし、かと思えば挙動不審だし…」
「月曜だからって休みボケしてんなよー」
「う…すみません…」
李桂くんからもごもっともな忠告を受け、わたしはしゅんと心の中で俯いた。

「つーか、ウォーカーさんも今日様子が変によそよそしい感じなんだよなー。体調はもう回復したっつってたけど…みょうじ、金曜にウォーカーさんの家行ったんだろ?」

ばさばさばさっ、

「……」
「…あ、えっと…っ」
「……みょうじ、もしかして、ウォーカーさんと何か「あっ…すす、すみませんっ、コピー用紙、ほ、補充してきます…っ」
ぱたぱたぱた…

「……リナリーさん、あれは…」
「…何かあったわね。後で会議終わりのアレンくんを捕獲して問い詰めましょう」
「俺、リナリーさんのそういうところ、めっちゃかっこいいと思います」





***

…何やってんだろう、わたし。コピー用紙のストック置き場(備品倉庫と言われる部屋)に向かいながら、ひっそりとため息をついた。
いつだったか、ラビ先輩にも言われたなぁ。わたしって態度に出るから分かりやすいって。



…あの時、何で、ウォーカー先輩は、わたしに、

「………ぅああぁぁあぁ…っ」

金曜日のことを思い出して、一人で顔を隠してしゃがみ込むわたしに、他の社員さん達が不審な眼差しを送る。だめだ、もうこれ重症だわたし。今日のわたしはいつもよりさらに使い物にならない。会社の皆さんごめんなさい。




「………何してんの、みょうじさん」

蹲ったままの頭上から、呆れたような声が降ってきた。慌てて顔を起こすと、お財布を抱えてわたしを見下ろす、神木さんの顔。
本当は、一番顔を合わせたくなかった、ひと。(いや、本当の『一番』は、ウォーカー先輩かな…)

「…お、お疲れさま、神木さん、これからお昼?」
「うん、みょうじさんもそろそろお昼じゃない?ウォーカーさん達の会議も終わったみたいよ」
「…そ、そっか…」
…笑いたくない時の笑顔って、本当につらいなぁ。上手く笑えてるかなぁ。


「……金曜日、お見舞いに行ったんだってね」
ずるいなぁ、わたしも行きたかった。
そう言って冗談半分で微笑んだ神木さん。
「…ど、どうして、そのこと…」
「ウォーカーさんから聞いたの。実はちょうど金曜日に、ウォーカーさんに電話したんだよね」
「……」
「…『どうして電話なんかするんだ』って聞きたそうな顔してるね」
「えっ!や、えっと…」
しどろもどろになるわたしと、くすりと上品に微笑む神木さん。あまりの違いに、わたしが悲しくなってくる。

「…ウォーカーさんにね、CD貸したの。おすすめだからって、結構強引に。そうでもして、少しでも繋がりがほしかったんだよね」
ほんの少し寂しそうに、神木さんが言った。
「で、それを口実に携帯の番号聞いたの。それで、金曜日に早退したって聞いたから、大丈夫かなと思って電話したの。そしたら、『さっきお見舞いに来てくれた子がいる』って。『だからもう大丈夫だ』って」

「……悲しいけど、それで全部分かっちゃったんだよね。わたしがいくら頑張ったところで、ウォーカーさんは違う子しか見てないんだなぁって」
「……そんな、こと、」
「…でも、ウォーカーさんが営業部配属になったら、わたしは今よりももっと近くにいられるもの」
まだ、諦めないからね。

何故かわたしに宣言するかのように聞こえた、神木さんの言葉。


「……みょうじさんも、そろそろ気づいたら?そうやって悠長に構えてるうちに、ひょっこり他の子に取られちゃうかもしれないよ」
「…え、」
「そういえば、さっき会議の直後、事務の女の子に呼ばれてたよ、ウォーカーさん」

……そんなの、


「…嫌、だ…っ」

嫌だ。
謀らずも涙声になる自分は、本当に無力で、臆病で、情けないなと思った。

思わず声になった本音を、神木さんは聞き逃さなかった。
「なぁんだ、やっぱりみょうじさんもウォーカーさん狙いかぁ」
「ち、ちが…っ、」
「ほら、下手な言い訳してる暇があったらさっさと行動したら?」
そう言って神木さんが指差した先には、『備品倉庫』の文字。


「……色々ありがとう、神木さん」
「お礼言われるようなことはしてないよ」
じゃあね。と神木さんがお財布を持つ手をひらひらと振った。


わたしは、ゆっくりと一歩一歩、備品倉庫に足を進めた。


扉の前で流した、たくさんの涙。金曜日の自分とリンクする、今の自分。

その分、わたしは強くなったのだろうか。


かちゃ、と軽い音を立てて開いたはずのドアは、何故か妙に重たく感じた。





扉の向こうの小宇宙
(まばゆくて恐ろしい、未知なる世界)




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