つむぎうた | ナノ


「…先輩、お粥……あ、」
できたてのお粥が入ったお椀を両手に向かうと、ウォーカー先輩はすぅすぅ、小さく寝息を立てていた。先程より幾分か穏やかになった表情にほっとして、わたしはコト、と傍らにお粥を置いて、ベッドの横にちょこんと正座した。なんだか、先輩の彼女さんになった気分だ(もしくはお母さん)。
こんな近くで先輩の寝顔を見るのは、2回目(1回目は確か、遅くまで残業していた時)。

「…きれいな、かお…」
先輩がこんな大変な時に、なんて不謹慎なことを呟いてるんだろうわたし。でも、だって、こんなにきれいなひと、見惚れないほうがおかしい。
透き通った色素の薄い髪に、
いつもより少し紅潮している肌に、
すぅ、って滑るように在る赤いライン。まるでヨーロッパのお人形さんみたいだ。





…本当に、出来心だったのだ。

そぉっと、先輩の髪に手を伸ばした。汗で額に貼りついた前髪を、わたしは指で掬ってその感触を確かめた。驚くほど柔らかくて、そのままわたしの熱で溶けてしまうんじゃないかと思った。ゆっくりとそこから手を離して、今度は頭を、ゆっくりと撫でた。ウォーカー先輩がわたしにいつもそうしてくれたように、ゆっくりと。





  ぎゅ、

「っ!」

手が、止まった。止められた。
…わたしの手を、上から覆うようにして、違う手が、握った。

「…ねぇ、一つ聞いてもいい?」
その手の主なんて、一人しかいない。
自由の利かない右手を通して伝わる体温が、ひどく熱くて、熱くて、くらくらする。

「僕が熱あるってこと、どうして分かったの?」
教えて?
わたしの右手を握ったまま、ウォーカー先輩がゆっくりとこちらを向いて尋ねる。

「…ぇ、と、」
「答えないと、ずっとこのままだよ?」
「っ、」
「なまえちゃん」
「……な、内緒、です…」
「……そっか、」


ぐんっ、
「わっ!?」

解放される?そう思ったのは勘違いで。
その直後、思いっきり、引かれた右手。

「…なまえちゃん、早く」
「…っ!」

さっきよりも、ずっとずっと、近い距離にある、先輩の顔。
やだ、やだやだ、わたし、絶対顔真っ赤だ。恥ずかしくて顔を背けようとした、けど、
「だめ。逃げないで」
そう言って、今度は片方の手で頬を押さえられた。徹底的に、逃げられない状況が生まれた。

「どうしても、今聞きたいんだ」
「……だ、だめ、です…!」
「…へぇ」
先輩は、まるで挑戦的に微笑んで、握った手にぎゅうぅ、って負荷をかけた。病人とは思えないほど強い力に、わたしは思わずぎゅっと目を瞑った。その負荷が何を意味するのかを、先輩はあえて言葉にはしなかった。

わたしが答えるまで、この手は離れない



なんで、
こんな状況に、なってる、の



「…じ、自販、機…」
先輩の押しに勝てず、わたしはぽつ、ぽつ、と口を動かした。
「自販機?」
「あったかい、カフェオレが、なかった時、」
あの時、先輩は「どれにしようかな」と指を泳がせていた。
「…いつもの先輩なら、カフェオレがなかったら、迷わずお茶を選んでいた、から…すぐにお茶を選ばなかったのは、判断力が、鈍ってるのかな、って…」
「……」
「そ、その前から、なんか様子がおかしいな、って、思ってたんです、けど…」
たどたどしく話すわたしを、ウォーカー先輩はまっすぐに見つめる。その目線に耐えきれなくて、目一杯視線を伏せた。


「…誰も、僕自身も、気付かなかったのに、」



すぅ、
頬に添えられた手が、動いた。びくっ、って、意図せずに身体が反応する。ウォーカー先輩の手は、そのままするりと、わたしの後頭部に移った。

「せんぱ、」




…言おうとした言葉は、遮られた。




「…っ、なまえ、ちゃん、」



ウォーカー先輩に、力いっぱい、


抱きしめられたから。






部屋のどこかで、小さく鳴る携帯のバイブ音にも、気づけなかった。



38℃の手のひら
(熱い あつい、ぜんぶ。)


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