つむぎうた | ナノ


…がちゃ、

質量以上に重々しく、ゆっくりと開いたドア。その向こうに見えたのはもちろんウォーカー先輩の姿だった
…が、その姿を確認し終わる前に、「…ぇ、あれ、なまえちゃ…」とわたしの名前を言い残して、ぐらりと倒れこんできた。
「え!ちょ、先輩っ!?」
咄嗟に両手に力を込めて、先輩を抱きとめる。
…ふわりと鼻を掠める、先輩の匂い。身体にのしかかる体重。汗ばんだ肌の感触。
耳元に聞こえる、乱れた呼吸。

心臓が、騒がしく脈を打つ。
身体が、ぐんぐん、熱くなる。
「…ごめ、なまえ、ちゃ…」
かすれた声が、耳元で聞こえて、
「…っ、」

ああ もう、
どうにかなってしまいそう、だ 。

…だめ、落ち着いて、わたしの心臓。ぐらぐらに茹だってしまいそうな自分を必死に奮い立たせていると、はた、と気付いた。
「…先輩、熱…!」
間違いない、朝よりもかなり熱が上がっている。は、は、と短い呼吸を繰り返す先輩に、わたしは言われようのない不安に襲われた。どうしよう、と、とにかく寝てないと!
「す、すみませんお邪魔しますっ!」
先輩を抱きかかえたまま(正確には引き摺りながら)慌てて靴を脱ぎ捨てて足を踏み入れた。「わー、せんぱいのおうちだー」なんて浮かれている暇もなく、とにかく必死にベッドを探す。短い廊下の先に行き着いた部屋。そこでようやくベッドを発見したわたしは、そこにゆっくりと先輩を下ろした。
「…ごめ、ありが、と」
…自分の身体が大変なことになってるこんな時にも、先輩は申し訳なさそうに笑ってみせた。少しだけ、もやもやとした蜘蛛の巣みたいな気持ちになった。
「…今、熱何度ですか?」
「…わかんない」
ウォーカー先輩はひどく気まずい表情を作って、わざとらしくその顔を背けた。
「わかんない、って…もしかして、ちゃんと計ってないんですか?」
「…うち、体温計とか、なくて…」
「…その感じだと、薬も飲んでないですよね。これ市販のですけど、飲んでください。あと体温計も買ってきたので、今計ってください」
「わ…なんか、用意いいね…」
さすがなまえちゃん。そう言って、ウォーカー先輩はまた力なく笑ってみせた。
「……」
「…なんか、なまえちゃん、怒ってる…?」
何も答えないわたしに、おずおずと体温計を受け取りながら尋ねる先輩。

…ぺりぺり、ぺたんっ
「わ、冷たっ…!」
ほんの少しだけ苛々した気持ちをひえぴたに込めて、先輩の額にぺたんっと貼った。内心少しだけすっきりした。
「…先輩は、もっと自分のことを大事にしてください」
ひとのことになると、あんなに必死になるくせに。…わたしが風邪を引いた時だって、怒鳴るくらいに心配したくせに。
「…だから、今度はわたしが、先輩を心配して怒りに来たんです」
怒りに来た、なんて、口では見栄はってみせたけど、

本当は、ただ、

「…無理してる先輩は、見たくなかったんです」

ただ、頼ってほしかった。ウォーカー先輩がわたしにとってそういう存在であるように、わたしも、先輩にとって、そういう存在でありたいと思った。ただ、それだけ。

だって、わたしは先輩が、


「先輩の、ことが、」



ぐぎゅるる、





………え?

「…ごめん、なんか安心したらお腹空いちゃった」
「……っ」
「あ、ごめんね、何か言いかけたよね」
「……先輩の、キッチン、お借りしますね…」
…何だか、拍子抜けしてしまった。同時に、自分の口から出てしまいそうな言葉を、ぐっと飲み込んだ。わたしはゆるゆると腰を上げ、材料を持ってキッチンへ向かった(お粥くらいなら作れるよう、材料買っておいたんだ)。


なまえちゃんが来てくれて、安心した。

そんな呟きは、ガサガサというレジ袋の音でかき消されていた。




寸手で止めた内緒の話
(わたし、今、何言おうとした…?)

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