つむぎうた | ナノ
「…んで?いつから好きなんさ」
「え…えーっと…」
「明日土曜だし、今日は思う存分吐き出すといいさ!」
「いや、あの…えーっと…」
居酒屋の小さなテーブルを隔てて、身を乗り出してわたしに尋問を続けるラビ先輩。まるで取り調べされているかのようだ。取り調べには似つかわしくない、好奇の眼差しではあるが。
「まぁ、さっきも言ったけどさ、アレンを狙ってる奴って実は結構いるんよ」
「…はい、」
「けどな、オレはもちろんなまえちゃんを応援したいと思ってるし、リナリーだってそうだと思うんさ」
ラビ先輩はそう言って、ビールをぐいっと喉に通した。若干テンションが高めなのは、やっぱりアルコールのせいだろうか。
「…いつから、なんて、分からないんです」
ことん、とグラスをゆっくりテーブルに置いて、ようやくまともな発言をしたわたし。ラビ先輩は少しだけ目を大きくして、じっとわたしを見つめた。
「それは、気づいたらもう好きになってたってこと?」
うわー!ベタ惚れじゃねぇかそれー!と、やたら大声で叫ぶラビ先輩に、わたしは慌ててそれを宥めた。そして落ち着かせるように、飲み物を一口飲んだ。
「……神木、さん、」
「うん?」
「…神木さんが、もしかしたら、って思ったら、すごく不安になってきて…それまでは、想ってるだけで幸せ、というか……正直、自惚れてたところも、あって…」
「自惚れてた?」
「…ウォーカー先輩を、いちばん近くで見ていられるのは、神木さんじゃなくて、わたしなんじゃないか、って…」
恥ずかしい、こんな浅はかな気持ちでいた自分が。自分の顔がどんどん歪んでいくのが分かって、居たたまれなくなって、思わず両手で顔を隠した。
先輩の気持ちなんか、全然考えていなくて、自分の気持ちばっかり優先していて。あの時、神木さんと笑い合っているウォーカー先輩を見て、気づいてしまったのだ。
黒い、汚い気持ちを持った、自分に。
「…人を好きんなるときなんて、そんなもんさ」
ぽつり、と言葉を吐き出したラビ先輩。わたしは両手で覆ったままの顔を、ほんの少しだけ上げた。
「勝手に自惚れたり、思い込みに走ったり、嫉妬してみたり、自分に失望したり、そーいうもんなの」
手を伸ばし、わしゃわしゃと、わたしの頭を掻き回したラビ先輩。優しくて温かくて、何だかお兄ちゃんみたいな手。
「つまり、そんだけなまえちゃんはアレンのことが好きだっつーことなの!お分かり?アンダースタン?」
「イ、イェス…!」
「オーケイ!おねーさん!ビール追加で!」
高らかに声をあげたラビ先輩に、ほんの少し恥ずかしくなったのは内緒。
***
がこん、と、自販機が音を立てた。わたしはよいしょと腰を屈めて、出てきたパックジュースを手に取った。
「みょうじさん?」
後ろから呼ばれた声に振り向くと、見知った顔がそこにはあった。
「…神木、さん…?」
「お疲れさま。休憩中?」
「あ、うん…えっと…あ、ウォーカー先輩なら、会議室の、」
「今日はウォーカーさんじゃなくて、みょうじさんに話があるの」
今ちょっといいかな?
神木さんの大人びた笑顔に、わたしの足はなぜか半歩後ろに下がった。有無を言わせないその雰囲気に、あれ、こんなひとだったかな、と記憶を辿ってみる。
「あのね、ずっと聞きたかったんだけど、みょうじさんってウォーカーさんのことどう思ってるの?」
「…え、」
うわぁあぁ、直球できた!
「…どう、って…えーっと…」
「好きなの?それともどうでもいいの?」
「そんなっ、どうでもいいなんて、」
「じゃあ好きなの?」
「…え、えーっと…!」
神木さんを直視できなくて、思わず視線を下に逸らす。こんな二択、神木さんの前で答えられるわけがないのに。
「…みょうじさんが答えないなら、わたしが先に言うね」
「へ、」
「わたしは、ウォーカーさんのこと、好きだよ」
…聞きたくない、事実だった。
「だからって、みょうじさんに何かしてほしいとか、そういうわけじゃないんだけどね。わたしは自分自身の努力で何とかしようと思ってるから」
神木さんは薄く笑って弁解した。
「ただ…やっぱり、ウォーカーさんの近くにいられるみょうじさんが、うらやましいな、とか…正直、ずるいなぁとか、思うんだ」
「…神木さんが、最近うちの部署によく来るの、って、」
「…だって、そうでもしないと、ウォーカーさんに近づけないでしょ?わたしは、企画開発部じゃないから」
…わたしは、知らなかった。
自分の恵まれた立場を
それに甘えて、のうのうと構えていた自分を
「―…あとね、もうひとつ聞きたかったんだ」
「人事部の子から聞いたんだ。噂だから、確証はないんだけど…」
「ウォーカーさん、来年から営業部に異動になるっていう話が出てるらしいよ」
…甘えた自分に
知らないふりを、していたんだ
ずっと、ずっと。
「…あ、なまえちゃんおかえりー」
休憩時間を終えて部署に戻ると、ちょうど印刷室に向かうウォーカー先輩とはちあった。
「…ウォーカー、先輩、」
「うん?」
どうかした?と柔らかい声色でわたしに問いかける先輩。わたしは意味も分からず、なみだが溢れそうになった。つぅん、と鼻の奥が唸って、泣くなとばかりに叱咤する。
「…大丈夫?あんまり顔色良くないけど」
心配そうにわたしの顔を覗きこむウォーカー先輩。
…何をしているんだろう、わたし。
先輩に何を望むというんだろう。
今、こんなに近くにいられるだけで、
今、こんなに優しくしてもらえているだけで、
それだけで、十分贅沢だというのに。
ざわざわ、
心臓に、違和感が走った。
先輩
聞きたいことが、たくさんあるんです
「…大丈夫、です、すみません呼び止めてしまって」
顔の筋肉に鞭打って、にこっと笑顔を作った。努めて、自然に。
宣戦布告
(向かう相手は、自分自身)
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