つむぎうた | ナノ


冬が、もうすぐそこまで近づいてきた。
窓の外に見える木々は、茶色い葉っぱをわずかに残しているだけだった。



「…アレン、毎回思うけど、その量はないさ」

賑やかな会話が飛び交う社員食堂の一角に、わたしたちは席を取った。
呆れ顔でウォーカー先輩を見つめるラビ先輩に、思わずわたしも心の中で同調した。その対象であるウォーカー先輩は、さして気に病むようすもなく、ただひたすらに箸と口を動かす。
「ほーれふか?」
「食べ物口に入れながらしゃべんなよ」
「んー」

ウォーカー先輩の何の量が「ない」なのかは、言うまでもない。
「社食でテーブルひとり占めする奴なんて、お前ぐらいさ」
テーブルの上で、所狭しと身を寄せ合っているたくさんの料理を見つめながら、ラビ先輩が言った。ラビ先輩とわたしのお皿は、残されたわずかな隙間でひっそりと存在している。
「しょうがないじゃないですか、燃費悪いんですよ」
「悪いにもほどがあるさ」
「…なんか、ウォーカー先輩のおうちのエンゲル係数、すごいことになってそうですね…」
ぽつりと呟くと、ウォーカー先輩は「はは、おかげさまで…」と、わたしを見て苦笑いを浮かべた。毎月の食費のやりくりが大変そうだ。


「…あ、なまえちゃん、グリーンピース残してる」

わたしのお皿に残ったグリーンピースに目線を落とし、ウォーカー先輩が言った。…先輩の言葉に、身体が、びくっ、って動いたから、かしゃんって思わずスプーンを手離してしまった。

「もしかして、苦手?」
「…あ、はい、えと、に、苦手で…」
「なまえちゃんて、結構子どもみたいな味覚なんだね。炭酸もちょっとずつじゃないと飲めないしね」
ほら、新入歓迎会のときもそうだったもんね。
ウォーカー先輩はそう言ってくすくす笑った。その笑顔も笑い声も、わたしに向けられていると思うと、すごくすごく、顔が熱くなった。

「貸して、それ」
わたしのお皿を手に取り、器用にスプーンでグリーンピースを掬って、口に運んだ先輩。

「…あ、っ、」

やばい、わたし、いま、

とんでもないことに気付いた。


「〜〜っ、あ、えとっ、わ、わたし休憩終わるので、先戻りますねっ!」
この状況にこれ以上耐えきれなくて、すくっと立ち上がった。
「…グ、グリーンピース、ありがとうございましたっ!」
「あ、うん」
慌ててお皿を手に取って、ぱたぱたと逃げるようにして返却口に向かった。




「…やっぱ、気に触るのかな……名前」
「いや、アレンさ、名前のこともまぁそうなんだけどさ、それ天然なの?狙ってんの?」
「は、何のことですか?」
「だからさ、さっきのあれ、お前が使ったスプーンさ…」
「………あ」



***

「……間接、キス…っ!!」

ぶしゅうぅ、と音を立てて、頭から大量の湯気が出ている、気がする。ふらふらになりながらデスクに戻ると、隣にいたリナリー先輩に「大丈夫!?」と変に心配されてしまった。だめだ、色々と免疫がなさすぎるわたし。間接キスくらいで動揺し過ぎだよ。



でも、頭から湯気が出たのは、間接キスだけじゃなくて、



『…おやすみ、“なまえちゃん”』

…あの電話の一件から、わたしのことを名前で呼ぶようになった先輩。きっかけが何なのかは分からない、けど、まだウォーカー先輩に名前で呼ばれる抗体ができていないわたしには、1回1回が命がけだ。心臓に悪い。
もともと、ラビ先輩とかリナリー先輩とか、コムイさんとかには名前で呼ばれていたから(うちの部署は、人間関係的にそういうのは緩いらしい。)、ウォーカー先輩が後輩のわたしを名前で呼ぶことは別段不思議なことでもない。
…ただこれは、わたしの気持ちの問題であって、ウォーカー先輩に名前で呼ばれることが、わたしにとってはすごく特別で、異例で。

「…はぁ、だめだ、中学生みたいだわたし…」
「なまえちゃん、ほんと大丈夫?」
「…うあはい、すみません仕事します」




「すみませーん」

ようやく気持ちを切り替えてパソコンに向かおうとしていた頃、出入り口からひょこっ、と顔を覗かせている女のひとがいた。

…あ、あのひと、知ってる。たしか、営業部の同期の子だ。えーと、たしか、名前が…

「えと、何かご用ですか?」
「営業部の神木と申しますが、」
あ、そうだ神木さんだ。部署違うから顔も名前もうろ覚えだ。

「アレン・ウォーカーさんはいらっしゃいますか?」

にこ、と、営業映えしそうな笑顔で、神木さんはあのひとの名前を口にした。その名前に、わたしは収まっていたはずの心臓を再び騒がせることになった。

「えっと、今休憩入ってて…もうすぐ戻ると思うんですけど…」
「あ、そうなんですね、じゃあまた伺います」
「えと、何か伝えることがあったら、伝えておきますけど…」
帰ろうとしていた神木さんにそう声をかけた。書類を何枚か持っているから、多分営業部から何か仕事が回ってくるのかな、と思った。
「渡すものとか、もしあったら…」
神木さんは少し考えて、
「…いえ、大丈夫です、直接渡してお話ししたいので」
そう言った。
「…そう、ですか…」
そして、変わらずにこ、と上品な笑みを浮かべたまま、営業部のほうに戻っていった。


デスクに戻り、ふぅ、と息を吐いてパソコンに手を伸ばした。
「戻りましたー」
出入り口を見ると、ウォーカー先輩がちょうど入ってくるところだった。
「ウォーカー先輩、さっき営業部の神木さんが見えましたよ」
「あ、さっき廊下で会ったよ。取引先の資料で追加が出たんだって」
ウォーカー先輩の手には、さっき神木さんが持っていた書類があった。
…それくらい、わたしでも伝えられたのになぁ。頼りないと思われたのかなぁ。同期なのになぁ。でも、神木さん仕事できそうだからなぁ。大人っぽくて、綺麗だしなぁ。
「…なまえちゃん?」
先輩が、わたしの顔の前で、ひらひらと手を振った。
「わっ、す、すみません、ぼーっとしてて」
「ううん、大丈夫?」
「はい、仕事がんばります」
「うん?」
そうだ、仕事しなきゃ。そう気持ちを切り替えて、両手で小さく拳を握った。






***

「すみませーん」

そう声が聞こえて、出入り口に目線を送ると、今となっては見慣れたひと。

「ウォーカーさんいらっしゃいますか?」
「あ、はい、今行きますね」
きい、とイスから立ち上がり、いくつか書類を持って早足で出入り口に向かうウォーカー先輩。
「すみません、昨日お渡しした資料に訂正がありまして…」
「あ、そうなんですか、すみませんわざわざ出向いてもらっちゃって」
「いいえー、メールより確実かなと思って」


「…なんか、最近よく来るよな、神木さん」
「うん、そだね」
わたしの近くを通った李桂くんが、出入り口で話す二人を見ながらわたしに話しかけた。
ここ最近、よく目にする光景だった。どうやら取引先の関係で、営業部からの追加の資料が相次いでいるようだ。ウォーカー先輩の担当した取引先らしい。よく分からないけど。
「そんなに伝えることあるなら、社内メールのほうがいいんじゃねぇの?営業だから外出することも多いだろうし」
「神木さん、営業事務も担当してるから、あんまり外回りはしないんだって」
「へー。……ていうか、みょうじ、次のプレゼンの資料進んでる?」
「…がんばる」
ひとのことなんて気にしてる場合じゃない。プロジェクトチームの次のプレゼンも迫ってきている。わたしは目線をパソコンに戻して、慌てて手を動かした。




***

プレゼンの資料の作成が一段落したところで、時刻は定時を過ぎていた。ほかの社員さんはぞろぞろと帰り始めていた。わたしも帰ろうかな。そう思いながら席を立って、てこてこと歩いてトイレに向かった。
外、寒そうだな。
トイレから出て、窓の外を見つめた。


「…ウォーカーさん、」

ふと、どこかから、あのひとの名前を呼ぶ声がした。聞き覚えのある声だった。



廊下を少し進んだ奥に、神木さんと、ウォーカー先輩の姿。
定時、過ぎてるのに。何してるんだろう。
少し気になって、こっそり壁に隠れて二人のようすをうかがってみた。…わたしが何してるんだろう。

「…あははっ、そうなんですかー?」
何を話してるのかは、分からない。けど、楽しそうな神木さんの声が聞こえて、笑い合っている二人が見えて。
「あっ、じゃあ今度、家から持ってきますよ!」
神木さんがそう嬉しそうに言うと、ウォーカーさんは何かを言って、神木さんに笑顔を向けていた。



…仕事の話じゃ、ない。
きっと、プライベートな、話。


先輩、笑ってる。楽しそう、に。






もやもや 。

…早く、帰らなきゃ。
けど、足が、
上手く動かなくて、
声が、聞こえて、
笑顔が視界に、
入って、きて。


ずぅん、って、身体のなかが、急に重くなった。







「……あれ、なまえちゃん、何してんさ」

後ろから聞こえてきた馴染みのある声に、わたしは勢いよく振り向いた。上着を羽織って、帰宅姿のラビ先輩が、不思議そうにわたしに近づいてきた。
「…あ、ラビ、先輩」
「お疲れー。まだ帰んねぇの?」
「や、えっと、帰ります、ラビ先輩も、お疲れさまでした、」
慌てて部屋に戻ろうとするわたしの腕を、ぱしっ、とラビ先輩が掴んだ。そのまま、目線を廊下の奥へ向けた。
「…あー、なるほどね」
「え…え?」
なにが“なるほど”なんだ。わたしがぱちぱちと瞬きをすると、ラビ先輩が思い出したかのように話しだした。
「そういえば、神木ちゃん、企画開発部との連絡係みたいな仕事してんさ、今」
「…そう、みたいですね」
「新人なのに、結構仕事の要領いいんさ、あいつ」
ラビ先輩がそう言ったのと同じタイミングで、また、ウォーカー先輩が、神木さんに笑いかけていた。…あれ、また、ずぅんって、重くなった。

「…アレンの奴、あんな顔だし、紳士っぽいとこもあるから、入社した時から結構色んな奴に目ぇつけられてるんさ。他の部署とかにも」
「……」

…そっか。今までずっと先輩の近くで一緒に仕事してたけど、全然考えたこともなかったな。……そうだよね、あれだけかっこよくて優しかったら、モテないはず、ない。

「神木ちゃんもアレン狙いなんかねー」
「…どう、なんですかね」
そんなこと、わたしに聞かないでほしい。考えたくも、ないのに。




「なまえちゃんも、厄介な奴好きんなっちまったねー」


……へ、

「…え、まさか、オレがなまえちゃんの気持ちに気付かないとでも思ったんか?」
「え!?」
「ちなみにオレだけじゃなくて、リナリーも知ってるさ、

なまえちゃんが、アレンのこと好きだって」




……えええええ!!

「え、あ、いや、そん、…えええ!!」
うそ、うそ、なんでばれてるの!わたし誰にも言ってないのに!!
「なまえちゃん、すぐ表情とか態度に出るから分かりやすいんさ」
「そんな、え…っ!!」
「いや、アレンにはばれてないと思うけど。あいつそういうの意外と疎いから」
ラビ先輩の言葉に、わたしはほんの少し安堵のため息をもらした。

だけど、
それだけ分かりやすく態度に出ちゃっているなら、ウォーカー先輩にばれるのも時間の問題だ。ああぁあもう、何でこんなすぐ顔に出ちゃうんだわたし…っ!

一人はらはらするわたしを見て、ラビ先輩は、にまー、と笑った。それはそれは楽しそうに。

「…なまえちゃん、今から作戦会議するさ」



不穏なわたしと頼れる先輩

(とりあえず駅前の居酒屋でいい?)
(え?あの、ちょ、作戦会議て何ですかラビ先輩!う、腕痛いです自分で歩けます!)

- 13 -


[*prev] | [next#]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -