つむぎうた | ナノ


がむしゃらに何かに向かっているときは、日にちが経つのが本当にあっという間だなぁと思う。



「……じゃあ、行ってくるね」
「ウォーカーさん!携帯忘れてます!」
「うわ、ごめん!…い、行ってきます」

((大丈夫かなウォーカーさん…!))

チーム一同、何とも不安な表情でウォーカー先輩の背中を見送った。


いよいよ、わたし達のチームの大仕事、最初のプレゼンが本番を迎えた。取引先の企業に向かうのは、リーダーのウォーカー先輩と、リナリー先輩の二人。残されたわたし達は、ただひたすら、二人の帰りを待つことしかできない。

今回のプレゼンは、わたし達以外にも、多くの企業が名乗りをあげている。その中から、取引先が最も期待できると思った企業を選び出す。このプレゼンで契約が取れれば、今後のわたし達にとってもこの企業との仕事が大きな幅を占めていくことになる。


「ここまで全力で準備したんだ、ウォーカーさん達ならきっとやってくれるだろ」
ぽん、とわたしの肩に手を置いて、どこか誇らしい表情で言った李桂くん。
「…そう、だよね、大丈夫だよね」
きっと、大丈夫。疲れ切った表情を浮かべながらも、チームの誰もがウォーカー先輩を信じていた。それだけの信頼を得られる人物なのだ、彼は。

「さ、俺達も自分の仕事しながら、先輩達のいい知らせを待とうぜ」
「うん、そだね」


プレゼンって、どんな雰囲気なんだろう。緊張するのかな。偉い人たちの集まるなかで、きっとたくさん喋らないといけないんだろうな。

…ウォーカー先輩、きっとこういうの、本番には強いんだろうけど、緊張するんだろうな。

「……みょうじ、手ぇ止まってる」
「…ぅあ!」







――

……時計が、ちょうど3時を指した頃。

「―戻りました」

ざわつく室内が一瞬静かになり、そして
「ウォーカーさん!!」
ガタガタッ

一斉にウォーカー先輩達のもとへ集まった社員。

「ど、どうだった…!?」

ウォーカー先輩は、鞄から何かを取り出して、「じゃん」と、それを広げてみせた。
そこには、


わたし達のプレゼンが最も高評価であったこと、今後とも是非協力していきたい、ということが、きちんとした文章で書かれていた。最後にはきちんと、取引先の捺印で締めくくられて。


「『丁寧に考えられた、質の高いプレゼンだった』って、お褒めの言葉をいただきました」
にっこりと笑って、歓びを表したウォーカー先輩。


その直後、わぁっとざわついた社内。チームのメンバー同士で、抱擁を交わしたり、ハイタッチをしたり。あちこちから沸き起こる拍手と、「おめでとう」「よくやったな」という声。


上手く、いったんだ。
わたし達のプレゼン、成功したんだ。


「やるじゃねぇかウォーカー!」
「お前がリーダーで良かったわー!!」
多くの男性社員に囲まれ、荒っぽく歓迎されながらもみくちゃにされるウォーカー先輩。「わっ、ちょっと!」と焦りながらも、その表情は、きらきらした笑顔だった。






――

「なぁ、ほんとに行かねぇの?」
ブーブー言いながら上着をはおった李桂くんに、わたしはなさけなく笑った。
「だって、これ来週に回したらキツいもん」
そう言って数枚の用紙を広げて見せる。
プレゼンの準備に追われていた今週。残念ながら仕事の段取りが上手くないわたしは、他の仕事に手をつけることができなかった。(もっとも、李桂くんやほかの社員さんたちは要領よくこなしていたのだが。)いい加減今のうちに手をつけなくては、来週に回してしまうと間に合わなくなる。

「せっかく、プレゼン成功記念の飲み会なのにな」
パソコンに向かったまま仕事を続けようとすると、李桂くんとはまた違った声が聞こえてきた。思わず振り向くと、帰り支度ばっちりのウォーカー先輩。隣にはリナリー先輩たちもいる。うわぁ、なんか囲まれてる!
「手伝おうか?」
「そんなっ、わたしの仕事なので!」
「なまえちゃんがいないと寂しいわよ。ねー?アレンくん」
「ぅえっ?」
突然話を振られたウォーカー先輩から、聞いたことのないへんてこな声が聞こえた。ぅえってなんだ?

「おーい、店取れたぞー!」
携帯電話を片手に、遠くから他の社員さんの声がした。
「あのっ、わたしも終わり次第向かうので、先輩達は先に始めててください」
「でも、」
「しつこい男は嫌われますよ、ウォーカーさん」
「そうそう、みょうじに嫌われたくないだろー?」
「ちょ、さっきから何なの君ら!」
「はいはい、じゃあなまえちゃん、待ってるわね」

押され押されで、連れ去られるかたちで退勤していったウォーカー先輩。(と、先輩達。)
何だかよく分からないけれど、とりあえず目の前の仕事を片づけてしまおう。そして飲み会に参加しよう。





――

…と、決心してから、早2時間。

「……終わらない…!」

どうしよう、果てしなく終わらない。どうやらわたしは莫大な量の仕事を溜め込んでしまっていたようだ。
「どうしよー、あと半分もあるー……」
ぐったりとデスクに突っ伏したところで、仕事量は変わらないのだが、そろそろ踏ん張りがきかなくなってきた。わたしの集中力なんて、所詮その程度なのだ。
「飲み会行きたいよー…!ウォーカーせんぱーい…!」
誰もいないのをいいことに、好き勝手呟いてみる。
「ぬあー、ウォーカー先輩に会いたいよー!」
ちょっと、大きめで叫んでみた。何だか少しスッキリした気がする。普段言えないからね。
「ウォーカーせんぱーい……す、

 ………好き、


 ………ぅわあぁぁぁあぁ!!」

自分で言ってて恥ずかしくなった。何してんだわたし。
じたばたしながら、何とか恥ずかしさを解消しようと試みてみる。




ブー、ブー、


じたばたする音しかしなかった室内に、突如響いた携帯電話のバイブ音。
携帯電話を覗くと、知らない番号。ちょっと怖い。握りしめたまま切れるのを待つけど、なかなか切れてくれない。悪質なものではないと判断して、思いきって通話ボタンを押した。

「…はい、」

『…あ、えっと、みょうじさん…だよね?』


……はい?

「…は、い、あの、せんぱ、…え?」
『ははっ、混乱し過ぎ』



電話の相手は、わたしがさっきまでやたらと名前を叫んでいた人、だった。

「あの、せんぱ、なんで、」
『え?ごめんよく聞こえな「アレーン!電話繋がったー!?」…ちょ、ラビうるさいです!』
「え、ラビ先輩も飲み会参加してるんですか?」
『あ、うん、部外者なのにね、どこから嗅ぎつけてくるんだろうね』
ウォーカー先輩の声の後ろで、がやがやと賑やかな音。どうやらこれからラビ先輩が王様ゲームを始めるらしい。しょっぱなから「王様オレさー!」とはりきった声が聞こえる。
「あは、なんか楽しそうですねー」
『…まだ、仕事終わらなそう?』
「う……すみません…飲み会にはどうやら間に合わなそうです…」
そっか、という先輩の沈んだ声に、本当は仕事をほっぽり出して今すぐそちらに向かいたいです!とは言えない。言いたいけど。ものすごく言いたいけど!!

「また今度、ご一緒させてくださいね」
『あ、うん、また飲もうね』
「じゃあ、おやすみなさい」
『…あ、』

切る直前、何かを言いかけた先輩。

「先輩?」
『…じゃあ、あんまり仕事、無理しないでね』
「はい」



『……おやすみ、“なまえちゃん”』





…ぷつ、と切れた電話を、しばらく眺めた。

「……っ!!」
直後。ぼぼぼぼ、と火照り出した顔。
え、え、ちょっと待って、え?


な まえ… !



「……うわあぁ、やばい、やばいやばい…!!」
どんどん赤くなっていく頬を、両手で触って確認した。

…やっぱり、熱かった。





電話越しの恋愛魔法

その後、

「番号とアドレスは、
リナリーから聞きました。
よかったら登録しといてね。

仕事、お疲れ様。」

というメールも届いた。


(…もう仕事どころじゃないですせんぱい!)

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