つむぎうた | ナノ


「おはよう、ございまーす…」
「あ、なまえちゃんおはよう!もう体調は平気?」
「わ、はい、すみませんご迷惑をおかけしました」
ひっそりと出勤したら、珍しく早出勤のコムイさんがいた。一番に出勤しようと思ったのに。

結局あれから熱は下がらなくて、丸一日会社を休んでしまった。リナリー先輩の持ってきてくれた薬や、李桂くんの差し入れしてくれたポカリ、それから、ウォーカー先輩が買ってきてくれたゼリーのおかげで、体調はすっかり良くなった。

休んだ翌日の出勤ほど、気恥ずかしいものはない。

「おはようございます、」
「あ、おはよーアレンくん」
「っ、」
次々に出勤してくる社員さんのなかに、ウォーカー先輩を見つけた。たかが一日顔を見なかっただけなのに、すごく久しぶりに顔を見る気がする。いつもと変わらない笑顔に、最近の忙しさでできた、うっすら目の下に残るクマ。

――『帰れって言ってるんだ!!』

あんなことがあった後だ、さすがに顔を合わせる勇気はなくて、わたしはパソコンから目を逸らさず、仕事に集中しきっているように装った。失礼なことと分かってはいるけれど、残念ながら、いつも通りに先輩と顔を合わせて挨拶できるほど、大人ではない。

カタカタ、と、パソコン画面に文字を打ち込んでいる、と、ふと浮かんだ。

――『任せられない』

「あ…っ、」
そうだ、わたし、このプロジェクト、下ろされちゃったんだ。
なのに、こうして取引先のリストの整理なんかしちゃってる自分。ばか、みたいだ。しきりに動かしていた手を止め、ちょっぴり進めてしまった仕事に、情けなさから小さくため息をついた。
このリスト、どうしよう、誰かに引き継いでもらうのかな。…きっと、わたしが作るものよりずっといいものに、なるんだろうな。
失った信用と、居場所。ウォーカー先輩と一緒に仕事ができる、なんて、浮かれていた自分。あまりに子どもで、力不足な自分。あの失敗を、なかったことにできたらいいのに。そうすれば、もっと……

すっかり仕事モードになっている社内を見渡し、プロジェクトチームのメンバーそれぞれの顔をこっそり窺う。きっと、それぞれの仕事に熱を入れていることだろう。あ、リナリー先輩と、李桂くんに、お礼言わないと。それから、ウォーカー先輩にも……、
今日は、朝礼がなくて、プロジェクトチームでの仕事は、11時から。あと、1時間。


「みょうじさん、」

出入り口のほうから、声をかけられた。誰か、なんて、顔を見なくても分かるけれど、顔を見ずにはいられなかった。…ウォーカー先輩の、顔を。
ゆっくりと手招きする先輩に、勢いよく立ちあがって、小走りで近づいた。通された先は、プロジェクトチームで使う、会議室。
ぱたん、と静かに扉を閉めると、先輩がゆっくりこちらに振り返った。
「もう、熱は下がったの?」
「は、い、あの、ご迷惑をおかけして…すみません、でした、」
まだ、目を見れなくて、わたしは勢いよく頭を下げた。できれば、このまま、下げたままで、いたい。

「…そっか、下がったなら、もう大丈夫だね」
「…へ、」
先輩の声色があまりに優しくて、つい頭を上げてしまった。見えた表情は、柔らかさをまとった笑顔で、まさしくウォーカー先輩のそれだった。なんだか泣きそうになった。
「心配、してたんだ。体調悪そうなのに、みょうじさん何も言ってこないし。でも、あんなふうに怒鳴るつもりじゃ、なかったんだけど……ごめん、すごい反省、してます…」
そう言うと、今度はウォーカー先輩が頭を下げた。
「え、や、あのっ、せんぱっ…そんな、先輩が謝ることじゃないですっ…!顔、上げてくださいっ!」
「いや、本当にごめんっ!そんな怒鳴るほど偉い立場じゃないのに僕はっ、」
「……う、うれし、かったんです」
わたしの声に、顔を上げてきょとん、とする先輩。
「チームのみなさんに…先輩にも、ご迷惑かけたこと、本当にすみません……でも、こうして心配してくださったことが、本当に嬉しくて…あの、お見舞いも、すごくすごく嬉しくて…ふ、不謹慎なんですけど、」
上手く言えない自分の口が、もどかしい。だけど、少しでも、先輩に伝わるだろうか。
「…体調管理、ちゃんと気をつけます。だけど、もしものときは…先輩のこと、頼りにさせてください」
先輩の顔を見て、わたしはもう一度、ぺこりと頭を下げた。

ぽんぽん、と、下げたままの頭に感じる、感触。
「…えらいね、みょうじさんは」
眉を下げて、情けなく笑う先輩。
「頼りない先輩だけど、これでも、力になりたいと思ってるから、もっと頼ってもらえると、僕も嬉しい」
「…はい、」

「…あ、そうだ」
「?」
手をわたしの頭に乗せたまま、先輩は何かを思い出したように声をあげた。
「みょうじさんの担当のやつなんだけど、こないだの資料はもう先方に送ってあるんだけどね、もっと詳細を送ってもらえないかって、昨日連絡があったんだよ。ちょっと忙しいけど、みょうじさん、今日中に作成して送っといてもらえる?」
「……え、」
「ん?」
「あ、あの、わたし、まだ、プロジェクトチームの仕事、して、いいんですか…?」
『任せられない』と言われたのに。
「うん。みょうじさんに動いてもらわないと困る。体調、もう平気でしょ?だから、もっかいみょうじさんに任せたよ」
「……はい…っ」
やだなぁ、最近のわたし、すぐに泣きそうになる。先輩の笑顔を見ただけで、鼻の奥が、つぅんとする。

そんなわたしを知ってか知らずか、なでなで、と、なおも頭を撫で続ける先輩。
「なんでだろうね、みょうじさんの頭って、撫でやすいんだよね」
「そ、そうですか?」
「うん、なんか、手に収まる感じ。髪とかも、柔らかいよね」
そう言って毛束を指に絡ませて遊びだした。(あ、わわっ、!)
「せ、先輩の髪に比べたら、わたしのなんてぎしぎしですよ、」
ついでに言うと、わたしの心臓もぎしぎし音を立てて今にも崩れ落ちそうです。
「はは、そんなことないよ、女の子の髪には敵わないって」
「い、いえいえ、そんな…」
ていうかわたし、どもりすぎ。

くるくるとわたしの髪を指に巻きつけて、ただひたすらに微笑むウォーカー先輩。まるで、大切ななにかを慈しむような、愛おしいような表情をしていた。…なんて、そんなのは自惚れに過ぎないのだけど。
顔にぼわわ、って熱が集まっているのを感じて、恥ずかしくてどんどん俯いてしまうわたしの頭。恥ずかしくて離してほしいという気持ちと、もう好きにしてくださいという気持ちが、行ったり来たりを繰り返す。

「……あの、さ、」


「……何してんさ、お前ら」
「!!」
ウォーカー先輩が何か呟いたと思った刹那、別の声に咄嗟に振り向くと、ドアに寄りかかってニヤニヤと笑みを浮き上がらせたラビ先輩がいた。
「なんかすげぇ見ちゃいけねぇモン見ちゃった気がするさ、ごめん邪魔して」
わたしの髪を絡ませているウォーカー先輩と、赤面顔のわたし。密室。…なんか絶対勘違いしていらっしゃる!!
「や、あのラビ先輩、えっと、」
「何の用ですかラビ、今日は外回り多いって言ってませんでしたっけ」
わたしがあたふたしていると、ウォーカー先輩がさらりと対応。長いこと頭に乗せられていた温もりは、いつの間にか離れていた。
「んや、今行こうと思ったらドアの向こうで聞き覚えのある声がしたからこっそり覗いてみたんさ。ていうか弁解しねぇのかよアレン、何、やっぱりお前らそういう関係だったの?」
「覗き見なんて悪趣味ですね、そんな非常識な男が営業マンやってるなんて、大丈夫かな営業部」
「俺はこんな密室でこっそりいちゃついてるような企画開発部が心配さ」
「いちゃ…っ!?」
「みょうじさんが休んでた日のチームの進行状況を話してたんです、もうすぐチームで集まる時間なので、情報共有したほうがいいと思って」
ため息交じりで説明するウォーカー先輩。
「ほら、もう時間でしょ、さっさと営業してきてくださいバカラビ」
「人をカピバラみたいに言うなさ〜、いくら俺でもそんなに可愛くないし」
「一言も言ってないです馬鹿兎」
「もう俺なんの動物なのかよく分からなくなってきた…馬なの?鹿なの?兎なの?っていやいや!人間だし俺!」
「いいからとっとと出ていけ慢性ものもらいが」
「ちょ、それ眼帯って言われるよりキツい!」

アレンのばかばか!と涙をこぼしながら、ラビ先輩が去っていった。
二人のやりとりに、ふふ、と思わず笑いを零すと、つかれたーと呟くウォーカー先輩。
「相変わらず仲良しですね、先輩たち」
「どこが。ラビの相手なんて疲れるだけだよ」
そう言う先輩の表情には、本当に疲れが見えていて、わたしはまた笑ってしまった。

「そういえば先輩、さっき何か言いかけましたよね」
「あー、うん、まぁ、今度でいいや」
にこ、と笑顔を見せる先輩に、それ以上聞くのは躊躇われた。

「さ、プレゼンまで時間ないよ、あともう少し、がんばろうね」
ぽん、と、一瞬頭に感じた圧力。それだけで、こんなにも元気になれるわたしは、単純以外の何者でもないなと思った。


その優しい手と笑顔に、どれだけ救われているのだろう

- 11 -


[*prev] | [next#]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -