つむぎうた | ナノ


ウォーカー先輩が好き。



やさしいから、とか、かっこいいから、とか、理由なんてもうどうでもいい。理由なんてなくてもいい。
ただ、自覚してしまったんだ

好き
いとおしい 。




憧れていた だけだった。ただ、一緒に過ごせることが嬉しくて、面倒な仕事だって、先輩が一緒なら、ちっとも嫌にならなかった。

笑顔が見られること
頭を優しく撫でられること
目を見て、丁寧に仕事を教えてくれること

そういうこと、全部全部、先輩だから、どきどきする。


だって、ほら、想像しただけでも、こんなに、心臓は大きくなったり、小さくなったりするし、脳みそに熱が籠って、ぐらぐら、茹だってしまいそう。
ぐらぐら、いや、ちがう、……ずきずき?




「…す、」
「『す』?…え、どうしたのなまえちゃん」

「す………!!!ぬぁ…っ!!」
ガタンッ


「…え、なに、ほんとどうしたのこの子、なまえちゃん?」
「仕事疲れかしら…わたしの春巻あげるから元気出してなまえちゃん」
「春巻だけじゃあどうにもならない気がするさリナリー…」

食堂で明らかに挙動不審なわたしを向かい側から見て(あ、椅子倒しちゃった…)、心配顔のリナリー先輩と、苦笑顔のラビ先輩。

「なぁ、なんかあった?」
「い、いえ、なんでもないです…」
「でも、顔真っ赤よ、ご飯もあんまり進んでないし…」
「だ、だいじょぶです、ちょっとあの、色々いっぱいいっぱいなだけで…」
「あー、もうすぐだもんな、最初のプレゼン」
そりゃー余裕もなくなるさー。
ラビ先輩はそう言ってパスタを口に運んだ。

それもあるんだけど、それだけじゃないんです。なんて、思っても言わない。



「あれ、そういやアレンは?」
”アレン”という名前にも、敏感に反応してしまう自分が悲しい。


「ウォ、ウォーカー先輩ならオフィスに……て、ああぁ!時間!わ、わたしもう仕事戻りますね。ウォーカー先輩と交代で休憩取ってたんです」
「あーだからいねぇのか」
「なまえちゃんまだ全然食べてないじゃない。わたしも行くからちゃんと食べて」
「大丈夫ですよ、リナリー先輩だって食べ始めたばかりですし、わたしもあとで何かつまむので」
先に戻りますね。
そう言い残して、食堂をあとにした。





・*゚


「…――えーと、そんなわけで、最初のプレゼンまで4日となりました。だいぶかたちにはなってきたと思うけど、各自自分の担当はしっかり把握しておいてね」

ウォーカー先輩の一言が終わったのを合図に、チームは各自の作業に移った。

「なぁみょうじ、そっちの企画書できた?」
「…ん、」
「確か、みょうじが担当してた企画書って今日までだったよな」
「………」
「………おーい、みょうじ?」
「…え、ぅあ、ごめん李桂くん、なんかぼーっとしちゃってた…」
「大丈夫かよ、なんか顔赤いけど…熱あんじゃね?」
「だ、大丈夫だよ」

まさかそんなに顔に出てたなんて。どんだけ自覚すれば気が済むんだわたし。


…がんばらなきゃ、しっかりしなきゃ。
火照る身体と、異常な心拍と、茹だるような頭を感じながら、必死に自分を律した。






「――なぁ、医療施設向けの企画書作ったのって誰だっけ?」
チームの先輩の一人が、書類を上にかざしながら全員に向かって声をかけた。あの企画書を作ったのは、わたしだ。
「はい、わたし、です」
「みょうじ?…ちょっと、こっち来て」
「…はい」

なんだろう。部屋の空気が、少しだけ、ピリピリし始めた。


「…ここの文章、書いたのみょうじだよな?」
「はい、資料を参考にして…」

「なぁ、その資料ってさ、いつのやつ?」

低い声が、やけに耳に響いた。



「なに、どうしたの?」
物々しい雰囲気を察して、ウォーカー先輩が見に来た。
「アレン、ここなんだけど、内容がやたら古いんだよ、このままじゃ使えねぇと思う」
わたしの作った企画書を受け取り、真顔でパラパラとめくって確認する先輩。
「…そうだね。この内容だと、先方には出せないね」


…――どうしよう、間違えたんだ、わたし。


「みょうじ、いつの資料を参考にした?」
「……確認、してきます、」


「もういいよ、そんな時間ない」


そう言ったのは、ウォーカー先輩。

「今日中に先方に全部送る予定だったのに、やり直しだなこれ…どうすんだよアレン」
「…悪いけど、みんなでこれ作り直してくれる?――…みょうじさんは、もう今日は帰っていいよ」

「……え、」


“帰っていいよ”

そう言ったウォーカー先輩の声は、怖いくらいに低くて。わたしに背を向けたまま、書類から目を離さず、まるで、わたしでなく、書類に話しかけているような、冷たい、態度だった。

「……っ、わたし、もう一回作り直します。今日中に仕上げます、だから、」
「帰っていい、って言ったの、聞こえなかった?」
「…ウォーカー、せんぱい、」
泣くもんか、


「李桂、倉庫から昨年度の資料探してきてくれる?」
「…は、い、」
「先輩!待ってください、わたし、」

がんばるって、
決めたんだ、
だから、
もう一度、






「何回言えば分かるんだよ!!帰れって言ってるんだ!!」





ウォーカー先輩は、声を張り上げて、わたしに、ぶつけた。
部屋じゅうの視線がウォーカー先輩に向かい、一瞬の無音を生み出した。

ウォーカー先輩がすぐ顔をそらし、その足は、わたしのデスクに向かった。デスクの下にあったわたしのバッグを手に取り、乱暴な足取りで戻ってくると、あいた片手でわたしの腕を掴んだ。

「アレンくん、」
リナリー先輩が、宥めるように声をかけていたのが聞こえた、けど、ウォーカー先輩はわたしの腕を掴んだまま、部屋の外へ向かっていった。





ああ、先輩を、怒らせたんだ。
わたしが失敗したから。大事な企画書を、任せてくれたのに、わたしは、


「……せんぱい、すみません、でした、」

ああ、もう、泣かない、って、思ってたのに。
ゆらゆら、視界が、霞んで、潤んで、先輩の顔、見れない。




人のいない休憩スペースまで来ると、先輩は手を離した。
だけど、またすぐに、その手は、動いた。

向かった先は、わたしの、額。




「……なんで、言わなかったの」

そう言った先輩の口調は、さっきよりも少しだけ穏やかだった。

なんのことだろう。訳もわからず、返答に躊躇っていると、それを悟った先輩はため息をついて、続けた。


「熱あること、なんで黙ってた。なんで、無理したの」
「…熱、?」
「…もしかして、無自覚だった?熱あるよ、みょうじさん」

熱、そうか、だから、こんなに違和感があったんだ。…ばかみたい、わたし、自己管理も満足に、できない。
はずかしくて、かっこわるくて、くやしくて、ぽろぽろ、涙がこらえきれなかった。



「…とにかく、今日はもう帰っていいから、…そんな状態で、仕事なんて、任せられない」

先輩はわたしの額から手を離し、わたしにバッグを手渡して、部屋に戻っていった。






失敗、してしまった。大事な仕事なのに。
ウォーカー先輩が、わたしに任せてくれた、仕事なのに。
「任せられない」と、先輩は、言った。


悔しい、くやしい。


ぐらぐらする頭のなかで、その言葉が何度も反芻される。

家に着いて、着替える気力も体力もなくて、Yシャツとスカートが皺くちゃになるのも構わず、そのままベッドに横たわった。


「……っ、」



初めて、だった。
先輩が、あんなに、怒ったところを見るのは。
それほどのことを、わたしは、してしまったんだ。


嗚咽を押し殺して、布団のなかで、悔しさを零した。

がんばらなきゃ、しっかりしなきゃ、
そう決めたはずなのに、














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