つむぎうた | ナノ
「…2005年」
「えっと…総支出330、で…」
「…ふぁ、」
「寝ちゃだめですウォーカー先輩!!」
「んー…寝てないよー」
こんなやりとりを、もう何度繰り返しただろうか。
時刻は午後9時55分。引き続き、わたしとウォーカー先輩は残業中。(正確に言えば、わたしがウォーカー先輩を巻き込んでしまった)
ウォーカー先輩は早くもお疲れのようで、さっきからあくびがとめどなく出ている。
「…先輩、やっぱり帰「帰らないってば」…」
さっきから、「帰らない」の一点張りな先輩。疲れてるはずなのに。彼をそこまで頑固にさせるものは一体何なのだろう。
「効率のいいやり方教えていただけたし、あとちょっとで終わるので…」
「だって、二人でやったほうが、はやく終わ…くぁ、」
「………」
もうそろそろ限界のようだ。
がたんっ
ぱたぱたぱた…
「…え、みょうじさん…?」
……ぱたぱたぱた
「どうぞ」
「…へ、」
「カフェオレ。あったかいやつです」
「は、」
「手伝ってくださってるお礼です」
このカフェオレが、ウォーカー先輩のお気に入りだということを意識せずとも選べてしまったわたし。どれだけ先輩のことをチェックしているんだろうと、心の中で苦笑した。
「…ありがと、なんか、目ぇ覚めた」
缶の温かさを頬で感じながらそう言って目を細めるウォーカー先輩は、何だか絵になる。
「――よし、もうひと踏ん張り、がんばりますか」
「はい」
―結局、残業が終わって会社を出る頃、時計は10時をとうに過ぎていた。約束通り、コンビニでシュークリームを買うこととなった。ただし、約束と違うのは、それがウォーカー先輩の奢りだということだ。
「…え、じゃあみょうじさんちって、うちの隣駅だ」
「え、ほんとですか!?」
帰り道、他愛ない話をしながらウォーカー先輩と並んで歩く。そして意外にもご近所さんだったことが今更判明。
「じゃあ一人暮らしなの?」
「はい、たまに無性に寂しくなります」
「あは、わかる、夕飯食べる時とか無性に寂しくない?」
「そうなんですよ!やっぱりご飯は誰かと一緒のほうがおいしいです!」
「だよねー。僕もたまに寂しくなるとご飯5杯くらいでいいやとか思っちゃう時あるし」
「……普段どんだけ食べてるんですか先輩は」
先輩の食欲は、相変わらず底辺を知らない。
「それ、」
「へ、」
「年上の人に『先輩』ってつけるの、みょうじさんの癖?」
「あ、えっと…どうなんでしょう、あんまり意識したことなかったですけど…」
よく考えたら、ここは学校でもないのに、『先輩』呼びなんておかしいよね…まだ学生気分ですか、わたしのばか!
「や、やっぱ変ですよね、直しますね、」
「いいよ、そのまんまで」
しょんぼりうなだれるわたしを見て、慌てるでもなく叱るでもなく、ごく自然に声をかける先輩。
「…や、でも、よく考えたらおかしいなぁと…」
「なんで?ラビとかも『先輩っていう響きが新鮮ですげぇいい!』とか言ってたし。まぁラビの評価はどうでもいいんだけど」
「そ、そうなんですか…?」
ラビ先輩がわからない。
「僕もそれ、いいと思うよ、」
――かわいいし。
「…へ、」
自分の耳を疑った。
もしかしたらわたしの耳は、自分の都合のいいように言葉を上手く変換してしまうのかもしれない。だとしたら、なんて便利な耳だろう。
「あ、電車来た!走れる?」
「はっ、はい…っ」
『かわいいし。』
そんなこと、言われたら、直せなくなってしまうよ。
残業の功名
(残業も、悪いことばかりじゃないね)
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