つむぎうた | ナノ


あれは、少しだけ、前の話。




4月、とある居酒屋にて。
新人歓迎会と銘打って開かれたこの宴会は、全部署をあげての盛大なものになり始めていた。


ぐるっと、席を見渡す。
同期はみんな、それぞれの部署で楽しそうに話している。

……いいな、営業部とか。同期いっぱいいていいな。いや、企画開発部にも一応いるんだけど、同期。

でも、男の子だからなぁ。(李桂くんっていう、とてもさわやかそうな人)まだあんまりしゃべってないし、異性の同期って、なんか近寄りがたい。いい人そうなんだけど。営業部は女の子いっぱいいていいな。
いやいや、いいもん、うちだってすてきな先輩たくさんいるもん。隣のデスクのリナリー先輩も、優しくてかわいくて頼りになるし。


え、ていうかあそこにいる営業部の先輩、髪の毛がオレンジ色だよ。あれまさか地毛?いやいやそんな、ねぇ。…え、ていうかあのオレンジ色の先輩、ビール瓶ごと飲んでるけど、え!?どんだけ飲むの!?


「・・・・・さーん・・・」


あ、飲み干した。すごっ!


「みょうじさーん・・・」


え、ちょ、まさかそれ二本目!?やめてー!早まらないでー!!



「みょうじさーん!」
「うあ、はいっ!!」
余所見しながら飲み物なんて持ってるもんじゃない。あやうくこぼしそうになった。


声の響いた左側を向くと、そこにいたのは、思っていた人物ではなかった。

「…え、あれ、リナリー先輩、は…」

さっきまで、隣に座っていたはず、なのに…
「あぁ、みょうじさんがぼーっとしてる間に代わってもらった」
そう微笑んで、彼はウーロン茶を一口飲んだ。


この銀灰色の髪と瞳
柔らかな印象

よく覚えている。



 『あの、もしかして面接ですか?』



アレン・ウォーカー先輩。

就活していたとき、遅刻しそうだったわたしを最終面接で助けてくれた人だ。
それももう、一年も前のこと。当然、ウォーカー先輩は覚えていないと思う。それでもわたしは、この人に出会わなかったら、今ここにはいなかったのだ。

これから先、この人と一緒に仕事ができる。そう思うと、何だか不安が少しだけ消える。気がする。

なんだ、どうしたわたし、もしかしてこれが恋ですか。

…なんてね。ふふ。ばかですかねわたし。

「え、なに、どうしたの、思い出し笑い?」
「あ、いえ、す、すみません…」
笑ったとこ見られた。恥ずかしい。恥ずかしさをごまかしながら、柚子みつサワーをちびっと飲んだ。


「誰見てたの?」
「へ…?」
「さっき。営業のほう見てたよね」

「…ウォーカー先輩、いつから見てたんですか」
「みょうじさんが柚子みつサワー飲み始めたあたりから」
「わたしこれ一杯目なんですけど…!」
そんな初めから見られてたんですか!

「みょうじさんが飲むの遅いんだよ」
「炭酸はゆっくりじゃないと飲めないんです」
「へぇ、なんか、子どもみたいだね、ははっ」
「ウーロン茶片手に威張らないでくださいよ…」
「残念なことに、僕アルコール飲めない体質なんだよね」
「飲んだらどうなるんですか?」






「――ひみつ。」



そう微笑んで、人差し指を口に当てる先輩。
気になる、けど、そんなかわいい仕草をされたら、もうこれ以上深入りできないと思った。
男の人なのに、年上なのに、なんでしょうかこのかわいらしさは。


それにしても、まさかこの人とこんなにお喋りできる日が来ようとは。一年前には考えられなかった状況だ。

「そういえばさ、」
先輩が続ける。


「みょうじさんて、入社前に僕と会ってたよね?」



「………へ、」


「えっと、覚えてないかな、面接のときに…」





うそ、なんで




「…覚えて、ます……」


なんで
なんで、覚えて…

「よかった、勘違いだったらどうしようかと思った」
「そんなの…覚えてるの、わたしだけだと…」

何でだろう、なんか泣きそうだ。

そんなわたしを知ってか知らずか、先輩はわたしを見据えて微笑み、声をひそめた。

「実はね、今だから話せるんだけど…僕も就活してた時、ここの最終面接で、遅刻しそうになったんだよ。会場わからなくて」
「そう、なんですか…!?」

「だから、みょうじさんを見たとき、すぐ分かった。あれー、なんか1年前の自分がいるぞーって思った」
だから声をかけずにいられなかったんだ、ひとごとじゃないと思って。

そう言って、先輩は、懐かしむような表情をした。




「なになにー?なんの話ー!?オレも混ぜて!」

突然、視界に弾んだ、オレンジ色。

「…いきなり割り込んでこないでよ、ラビ。ていうかお酒くさっ、あっちいっててください」
「ちょっ、ひどいさアレン!同期なのに!冷たすぎるさ!
なまえちゃんからも言ったげて!」
「え、えぇ?」
「ほら、変な酔っ払いが絡んできてみょうじさんびっくりしてるじゃん」
「酔ってないさー、いたって真面目でございまぁーす」
「ちょっと黙って、そのサザエ口調すごくうざいです」
「おま、磯野家長女をばかにすんなよ!?あの髪型にどんだけの手間と人情が詰まってると思ってんさ!なーなまえちゃん!」
「えーと、(何の話だろう)」
「どさくさに紛れて肩を抱くな。離れろ変態!」
「ちょ、ねぇ、それ笑顔で言われたらさすがに泣くよオレ…!」
「みょうじさん、おかわり頼む?」
「あ、え、」
「てめースルーかこのやろ!リナリィイィーー!!アレンが容赦なく俺のこといじめるーー!!」


散々ウォーカー先輩に打ちのめされたラビ先輩は(ウォーカー先輩って思ってたより黒かった)
「俺営業だけど、ちょいちょい企画開発に遊びに行くからー」
そう言い残して、リナリー先輩に引き摺られていった。(リナリー先輩も、思ってたより黒かった)




「……なぁアレンさん、あん時さぁ、いくらなまえちゃんが俺のこと見てたからって、あんなに冷たくすることなかったんじゃね?」
「うるさいな黙って仕事しろ眼帯め」
「てめ、眼帯で何が悪い!」
「あぁぁ、ウォ、ウォーカーせんぱい…っ印刷機が詰まっちゃいました…!」
「ちょ、どんだけ詰まってんさこれ!」



そんな会話が繰り広げられたのは、もう少しあとの話。




おぼえてるよ、ちゃんと

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