誰しも一つや二つ消し去りたい過去があるだろう


特に幼少時代に植え付けられたトラウマはなかなか消えはしないし、不意に思い出してとてつもなく消えてしまいたくなる事がある。


ひねくれ者だとか疑心暗鬼だとか冷めてるだとか言われるが物心ついた頃から問題児に囲まれて育ったせいであると私は思っている。





















「う、おっ…!」


不意打ちの下半身攻撃に驚いてゆっくりこちらを振り向くこのチームメイトであり腐れ縁の阿呆面、顔面に油性ペンで書いてやりたい程に阿呆面だ。


「晴矢、随分と小物だな」


いいザマだ。


「あ…?喧嘩売ってんのか?」


「私の可愛らしいピュアな幼少時代を汚した仕返しだ」



いじめっ子とゆうものは自分がやり返されれば途端に怯みはじめるものなのだ。


「お前まだ根に持ってんの?」


「当たり前だ、君と違って鈍感には出来ていないんでね」


「執念深すぎだろ、つかあれは基山が元凶だろうが」


「よく覚えてない。まあ元々気に食わない君へのちょっとした出来心だ」


「お前ほんと性格ねじ曲がってんな」




同じく休憩に入ったアフロディが何やら楽しげにこちらへ向かって来る、嫌な予感しかしないのだが。




「お疲れ二人共、何か楽しそうだね僕もまぜてよ」


「あぁ、アフロディお疲れ。すまんが絶賛喧嘩中だ」


「こいつの何時もの八つ当たりだほっとけ」


「本当仲良いね、まぁ僕も又まぜてね」

じゃまた後で、と手をひらひらさせて立ち去って行った。


アフロディの事だ、只の興味だろう。しかしあの感じ誰かに似ていると思いを廻らせていたら又消えてしまいたくなった。そうだ、思い出したくは無いが私のトラウマのもう一人の元凶、基山ヒロトを沸々とさせる。



基山の挙動を思い出せば晴矢の単なる子供の悪戯などまだ可愛らしいものだったのかもしれないな。


とりあえず"あれ"には私のピュアな幼少時代を返せと言ってやりたい。






「涼野のちんちんちっちぇえ!おまえおんなだろ!」


「…!?うっ…うっえ…えっ」


「なきむし涼野!おれしーらねっ」


「晴矢、また先生におこられるよ」


「あ?お前には関係ねえだろヒロト!あいつが勝手に泣いたんだ」

知らねえよと吐き捨てながらバタバタと仲間の待つ広場に走って行った。


今ではだいぶ落ち着いたものの園に居た頃からガキ大将の極みだった晴矢にはこれまで数え切れない程泣かされてきた。


いきなり服の中にカブトムシを入れられたり雨の日には傘で背中を突いてきたりご飯の時間にはオカズを強奪してきたり耳元でいきなり大声出してきたりトイレに閉じ込められたりその他言い出せばキリが無いのだが。




そんな悪戯も日常茶飯事で当初よりは免疫もついていたが今回は違う。私は晴矢に、他人に大切なところを鷲掴みにされてしまった。


当時男子の間で股間をいきなり鷲掴みにする遊びが流行っていて掴まれた者は掴んだ者へやり返す、それの繰り返しで彼等は何が面白いのか理解不能だったがげらげらと走り回り笑い転げていた。


園一番の悪ガキが去った部屋は一気に静まり返り私の泣き声だけが響いていた、外では遊びたがらない他の子供達も何時もの光景だと感じたのか各々の遊びに意識を戻していった。


そんな中で赤毛の他より少し小柄な子供"基山ヒロト"だけが私の側から離れずにしゃがみ込み顔を覗き込んできた。


「風介大丈夫?」


目の前の彼も例に漏れずそれの巻き添えを食らっていた訳だが反応が薄く面白くないとかであまりターゲットにはされていなかった。


それと反対によく泣いていた私は格好のターゲットだった、男のくせに掴まれただけで泣くとかちっちゃいから本当は女だとか散々な様だった。


「ぅうえっ…えっ…えっう、わたしのうぅっ…触られてしまった…うぅ…っ」


今考えれば泣くような事では無かったと思えるが当時の私にしてみればもう大事件だったし他人に大事な所を触られてしまった事によって何か自分が深い罪を負ってしまったような、傷付いた気持ちになっていた。


力加減を知らなかったであろう晴矢は容赦なく掴んできやがったのでじんじんと痛くてでも直接的な痛みよりも気持ちの部分でのショックの方が占めていた。


「痛かった?よしよし」


そう言いながら自分とさほど変わらない小さな手で眼前の彼は頭を撫でた。


「なっなんで…ヒロトは泣かないんだ…」


「オレは…おちんちんなんて男の子にはついてて当たり前だし何とも思わないよ。そのうちあきてくるだろうしね」


感情の読めない、よく言えばきょとんとした顔でそう答えたヒロトは昔からそうだった。

少し距離を置いたところで輪には入らず皆を眺めている。先生や吉良の人達には大人しくていい子に映っていたとは思うがいつもどこか第三者で人の感情を面白がっているように私は感じていた。


なにか附に落ちず悔しい気持ちになって黙った私に彼はこう言ったのだ。


「このままだと大変なことになっちゃうよ。あの遊びにはきまりがあってね、おちんちん掴まれたら赤ちゃんが出来てしまうんだって」


「えっ…!?そ、それほんとうか?」


「うん、風介知らなかったんだ?じゃあ特別に助かる方法教えてあげる。掴んできた相手のおちんちんを掴み返せばいいんだけど制限時間は24時間、今日中に掴まないとだめなんだよ」


「…!!どうしよう私…私…」

「はは、大丈夫だよちゃんとさっき言った通りのことをすれば助かるんだから。あ、ひとつ言い忘れたけどその後にね相手に自分が思ってることと反対の事言わなきゃいけなくて」


「う…うん…」


「相手の事が好きなら嫌い、嫌いなら好きって言わなきゃいけないんだ。例えば風介は晴矢が嫌いだよね?それなら好きって言うんだよ」


「…わっ私が…晴矢に…?」


「うん、そうだよ。それを言ってかんぺきに治るきまりだからね」

絶対言わなきゃいけないんだよ。


「で、も…そっそんなことしたらまた皆に笑われる…!」


「でもさ、赤ちゃん出来ちゃったらもっとたいへんだよ。それでもいいの?」


「い、いやだ…」


「だよね、じゃあ早速仕返しだ。オレは応援しか出来ないけどがんばって」

じゃあねと言って立ち上がり彼は部屋を後にした。




これが悪夢のはじまりだとだれも予想などしていなかっただろう、ただ一人"基山ヒロト"を除いて。







先程から目の前で固まっている自分と同じくらいの背丈の赤い爆発頭は口を半開きにしたまま顔を真っ赤にして驚愕の顔で私を見ている。



「お、お前いまなんて言ったんだよ」



なんでだろう、自分はヒロトに教えてもらった通り事を成した筈なのに、信じられないとでも言いたげな顔で見られてしまっている。


皆が寝静まる消灯時間を見計いプライドも恥も捨て恨めしく憎たらしいこんな奴にトイレ付いてきて欲しいなどお願いして散々罵倒されながらここまで来たというのに。

こんな奴のこんなとこまで触って、なのになんで晴矢はそんな顔をしているのか訳がわからなかった。

遊びのルールは皆知っているんだろう?


「だっ、だから…!はっはる、はる…やがすっ、す、すき…だ…!おち…んちん掴むゲームのルールでこれ言わないと赤ちゃん出来てしまうって…!」


「ぶっ…は!!」



目の前の爆発頭は先程迄の硬直が嘘だったかのように盛大に吹き出した。



私はもう何が何だか頭が混乱してしまって、とりあえず泣きたいような喚きたいような気持ちになりながら目の前で笑いを堪えようと腹を抱えている爆発頭をただ眺めていた。





ひとしきり笑いを堪えてからやっと口を開いたそいつは


「お前まじでガキ出来るって信じてんの?そんなこと誰に言われたんだよ」


「え…でっでもヒロトが言っていたんだ…!」


「はぁ?騙されてんじゃねえよ!だからお前はいつまでも泣き虫なんだろうが!だいいち、ガキは女に突っ込んだら出来るんだよなぁヒロト」


「あれ、二人ともぐうぜんだね。何してるの?」



混乱した頭のまま聞き慣れた声の方へ振り向くと薄暗いトイレの入口に見慣れた姿があった。


「何してるのじゃねえよ、さっきからどうせ聞いてたんだろ?」


「ばれちゃったら仕方ないな。晴矢ってバカにみえて意外とかしこいんだね」


「…殴りてえんだけど」


「先生に怒られて構わないなら殴っていいよ」


「ちっ…二重人格野郎が。いいからさっさと詳しく説明しろ」


「騙すつもりは無かったんだけどね。でも風介が可哀相だったし仕返し出来たら良いんじゃないかって考えただけさ」


「それなら正々堂々と仕返ししろって言えば良い事じゃねえか!」

「そんなの全然面白くないよ。びっくりするようなこと大好きだろ晴矢?仕返しでも何でも面白くないと全く意味がない」


「仕返しに意味もへったくれもあるかよ!」


「そうかな、そうゆう晴矢も相手が泣いてるの見て楽しいからいじめるんだろ?」


「ちげえよ、俺はこいつがいつまでも女々しいからそれが腹立って…!」


「ふうんそうなんだ、分からないなオレには。まぁ今日の事はごめんね悪気はないから」

じゃあね、おやすみ。




ぼんやりとした影が暗い廊下に消えていった。




窓の明かりに照らされていただけでしっかりとは分からなかったが彼は表情を始終ひとつも変えていなかったようだ。

自分と同じ歳の子供とは思えない程に。



「わ…私が騙された…?」


「くそが…まじであいつだけは気にくわねえ…おい風介、さっきの事は忘れてやっからもう戻んぞ」


晴矢は立ち尽くして放心した私の腕を引っつかんでずんずんと真っ暗な廊下へと向かった。


兎にかく半泣き、いやそんな物ではない。頭の中は真っ白でただヒロトの言葉がぐるぐると繰り返されていた。


私は騙された…あんなに簡単に。そしてヒロトは私が騙されているのを見て面白がっていたのだ。


自分の中の何かが崩壊してゆく感じがした、もう一生分の恥とかそういったものを全部使い果たしたと思ったし
これからもあの時以上の恥をかくことはないであろうしかくつもりも無いと思った。

一生屈辱など味わうものか。











エイリアが出来てからも彼の性格は相変わらずむしろ更に歪んで狂気じみていた。


だからアジア杯で再会した時はその変わり様にかなり驚愕させられたがあんなに短期間で変われるものなのだろうか人間は。

あれも猫被ってるだけなのではないかと私は疑っているけど晴矢に言っても多分そこまで深くは考えていないだろうから思い留めておく事にするけど。




「っいた…だだだ痛てえ…よ!なんだよ急に!」


「あぁすまんな、昔の事思い出してたら急に手が貴様をつねっていた」


「てめぇ…わざとだろうが!」


「うるさいな」


「あーはいはい」





あれからはヒロトの言うことは絶対に信じないようにしたし他の奴らの言うことも同じく、まずは疑うとゆう事を覚えた。


晴矢も晴矢で相変わらず鬱陶しさの極みだったが、あの時私の腕を掴んできた手の熱さをたまに思い出す。


あれも君なりのやさしさ、か…ふん、不器用なのはどちらだ。



絶対に言ってやらないけどね。







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