目を開けると男と目が合った。
何故自分はこんな所で、しかも昨日会ったばかりの人間と寝ているのだろう。
部屋の入口の照明は点いたままで小さくかかる有線は流行りの恋をうたっていた。
酔いの醒めかけた頭でぼんやり考えていると、急に顎を掴まれる。唇が触れたと同時に舌がねじ込まれさっき戻した胃液の苦さと酒臭さが混じった。
今まで生きてきた中で一番最低で最悪なキスだ。
つまびくは、 (2)
横になったまま下半身をまさぐり簡単に扱き始めた男の手は骨張って固く醜悪だった。
「ちょっと待って、今日朝早いから10分で終わらせて下さいね」
「終われたら、ね」
粗雑で作業に近いその愛撫は何が気持ちいいのか分からなかった。
男は体勢を変えて俺のズボンを一気にずり下ろし馴らしてもいないそこに硬いそれをあてがう。
一瞬の事だった。痛いと言う暇もなく侵入されたそこは拒む様に痙攣し内臓が出るんじゃないかとさえ思った。
そんな事は眼中に無い頭上の男は勢いのままに欲を打ち付ける。
「んっ…あっぐ…はっ…あっぁあ…ぐぁ…はっ…」
突かれる度にただ苦しくて痛くて声にもならない嗚咽が漏れる。その声に興奮している男が見当違いの言葉を発した。
「気持ちいい?」
俺は快楽に耐えているふりで目を逸らし何も答えなかった。
ただひたすらに揺さぶられながらいつになれば終わるのか、今何分位経ったのかそれだけを考えていた。
時間が過ぎるのをただ耐えるだけの行為。
満足したのか男は固いそれを抜いて隣に倒れ込み、まだ息の整わない口に先程まで自分の中に入れられていたものを挿し込んできた。
頭を掴まれ喉の奥まで入ってきたそれは今にも射精しそうに脈を打って、たらたらと流れるそれはしょっぱくて吐きそうで。
初めてが感動的だなんて誰が言ったのだろう。誰もが愛する人とできるなんてそんな事あるわけない。
何をしているんだろう俺は。
トイレと洗面所が一体になった鏡の前で、ぼんやりぼやけた顔が映っていた。
これは誰の顔だろう、俺の知らない顔。まるで意識の抜かれた亡霊だ。
何度ゆすいでも精液のにおいとあれの感覚が消えなかった。
ホテル街の路地を抜け、大通りまで出た。昨夜の喧騒の面影もない街は知らん顔で朝を迎えている。
男とはさっき別れた。
時計をみると朝の9:45、講義はとっくに始まっている。
「リュウジ…」
どんな男とやっても頭の中では常に彼の姿があった。いつも目を塞いではその行為に重ねて。
自分でもなぜあんな行動に出たのか分からない。
車が忙しく行き交うガードレールにもたれて煙草に火を点ける。
そうだ、初めて煙草をはじめた日に酷く似ている。
こんなものか、ただそう思ったあの日。
痛い苦い咳込む、なんて素晴らしくて嘘くさい感覚だろう。
落とした灰を眺めながら思う、俺は優しくもキレイでもない。
拒絶される事を恐れるただの怖がりだ。