誰かを好きになるという事はなんて惨めな事だろう。


なんで、と理由を聞かれても自分でもよく分からないからうまく答えられない。


君の事好きな筈なのにおかしいな、君を見てると苛々してその口から出る言葉全て捩じ塞いでその顔を人生ごとぐちゃぐちゃにしてやりたい気持ちになる。



















「は、なんなのお前?」

「別に」

「別にじゃねえよ、どう見ても機嫌わりいだろ。何かあるんならはっきり言えよ」

「別に何でもない」

「意味わかんねえよ。用無いんならもう俺部屋戻るからな」



数日前に私達はタッグを組む事になった。

その作戦会議でここ何日かお互いの部屋を行き来して今に至る訳だが。

10番の背番号をライバルである彼に渡す事になるのは酷く屈辱で不本意だったけど、心のどこかで安堵している自分もいた、バーンは私の事を見捨ていなかった。


「…」

見捨ていなかった、けど。


「…まだ何かあんのかよ」


君の心は、どこにあるの?


優しさの皮を被った同情で、突き放せないだけなんだろう?


「バーンはヒートと仲良いんだね」

声が震えてうまく出せなかった。こんな事を言いたい訳じゃない、困らせる事はわかっていて自分が惨めにしか思えない事も散々な程分かっている。

返ってくる言葉もわかってるのに。

きっと彼は次に肯定する、肯定してそれがどうしたんだと言う。

「は?今更何だよ。仲良いっつうかあいつとは幼馴染みで色々面倒みてたからな。そんな事聞いてどうすんの」

うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいそんな事聞きたい訳じゃないのに口が止まってはくれない。


「そう、でもヒートのどこがいいのか私には分からないな。特別サッカーに秀でている訳でもない。腐れ縁だかそんな事知らないけどただの同情にしか思えない」


「お前ほんとさっきから何なわけ?あいつの事ろくに知らねぇ癖に勝手な事抜かしてんじゃねえよ」


「違う、私は…!知りたくもないし興味もない…!ただ君達を見てると苛々するから言っただけだ」


「はっ、八つ当たりかよ。そんなの俺の知った事じゃねえし勝手に言っとけよ!まぁお前にはわかんねぇだろうな」


「分かりたくもないね、気持ち悪い」

「っだああ、いきなり喧嘩売ってきてそれかよ!何がしたいか意味分かんねぇし付き合いきれねえわ…じゃあな」


頭の中が真っ白になった、と同時に持っていたスパイクを赤毛の背中に思い切り投げ付けた。

ずるいよ、バーンが悪いんだ。
全部全部全部私の醜い気持ちも惨めなこの状況も全部バーンが悪い。何で君ばかりが、何で私だけがこんなに惨めにならなければいけないんだ。


「って…ぇ…!」


やってしまった事への少しの罪悪感はあったけれど鈍い音と共にしゃがみ込む彼を見て私は自業自得としか思えなかった。

多分凄く痛い、けどスパイクの痛さは君も知っているだろう?


彼はドアノブに手を掛けたままの格好で信じられないとでも言いたげな形相でこちらに振り向く。


「ごめんね」


「てっ…め…ごめんで済んだら警察いらねえだろうが…!」

思い切り振り上げられた右手を掴むと手首から引っ張るような形になってバランスを崩したバーンが床に崩れ落ちる体勢となった。


「試合前だよ?」


「あぁ?!仕掛けてきたのてめぇだろうが…っ!手え離せよ!」


君の事がずっと好きだったなんて言えるわけない。

こんな酷い行いをした後でそんな事、笑い話にもならないじゃないか。


バーンとは家族同然に育ってきた、お互いに嫌とゆう程に性格も知っていてそれなのにこんな感情を持つなんておかしい、ずっとそんな目で見てたのかと気持ち悪いと軽蔑されるに決まっているんだ。


そんな自分に耐えれずずっとこれは恋愛感情なんかじゃないと思い込んできた。

私は彼が好きなんじゃなくてそんな感情に浸っている自分が好きなんだと、多くのものを持っている彼が羨ましくて疎ましいだけなんだと。

それなのに彼のこの手や体を想像して自身を慰める行為は止められなくて、終わった後はいつも嫌悪感に苛まれた。


「おい聞いてんのかよ。手え離っ…っ!!?」


固く閉じられた唇に無理矢理自分の口を押し付けた。


「ん…っ…ふ…!」


馬乗りの状態で私に、幼な馴染みにこんな事されてどんな顔をしているのか見ようと思えばいくらでも見れた。けどどんな表情をしていたのか見る事が出来なかった。見なくてもわかってしまった、彼の気持ちが。


がっちりと閉められた唇を喰らう様に舌を這わせると声にならない声で何か言っていた、けど聞かなかった、聞こえなかった。くぐもった彼のうめき声だけが口を通して伝わる。



手の平は汗でぐちゃぐちゃになっていて押し返そうと抵抗する手首を爪でえぐるように押さえ込む。

苦しそうな呼吸の音と荒々しく喰らう様な自分の呼吸だけが部屋に響いている。先程の手首が余程痛かったのか反抗する力は少し弱まっていた。


「げっほ…っ、はぁ…はっ」


唇を離して彼を見ると目も口も固くつむってまるで辛い事を耐える様な顔をしていた。

惨めなだけだった、哀しいだけだった、でもどうすれば良かった?このままバーンを殴って泣くまで殴ってその口から何も言わせないようにすれば良かった?


「とりあえずそこ退け」


何の言葉も出なかった。ごめん、それを言ってもお互いに何の助けにもならない。

放心状態でそう言われるがまま立ち退くと

「お前さ、そんなに俺のこと嫌いかよ」

「違う、私は…!」


「すまんけど今は何も聞きたくねえ、帰る」

ドンッ、ドアが壊れるんじゃないかと思う位の激しさでバーンは出て行った。


想像していたより彼の唇は湿っていてでも少し冷たくて。






仮面を被ったまま無言の告白をした。






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