短編 | ナノ
※閲覧注意



例えば恋人が死んでしまったとして、貴方はどれだけその人を忘れずにいられるだろうか。




俺の目の前で起きた事故だった。
横断歩道を渡っているところに車が勢いよく走ってきて、そんな小さい身体のどこにそんな力があったんだって勢いで突き飛ばされた俺が目にしたのは、呆然とした顔で車から降りてきた運転手の男と、地面を赤く染めながら横たわっているあきらの姿だった。
病院に運ばれて、懸命の治療が行われたけど、医師たちの表情は暗かった。手遅れを悟った俺は強引に病室に入り込み、あきらの元へと駆け寄る。痛々しい姿でベッドに横たわる彼に、いつもの明るさはない。それでも、うっすらと目を開けて、確かに俺を見つめていた。動かない手を必死に俺の方へと伸ばし、か細い声で「元気でね」とだけ呟いたあきらは、その直後に呆気なく逝ってしまった。まるで、最期に俺に一目会うためだけに持ち堪えていたように、俺の返事を待つこともなく、その灯は消えた。

「いつものおふざけだろ?」
「またお菓子買ってやるから、起きろよ」
「悪い冗談はやめろって」

目の前の状況が信じられなくて、受け入れられなくて、必死に話し掛けても、彼からの返答はない。本当にいなくなってしまったのだと、喪失感がじわじわと広がっていくのを感じる。その中で、俺は前にしたあきらとの会話をふと思い出していた。


『あのさ、こーちゃん。死んだときに最期まで機能してる器官ってどこだと思う?』
『え?んー、そうだな。器官とは言えないけど、皮膚とか?』
『ぶっぶー!正解は、耳でしたーっ。死んだ後もね、少しの間声や音は聞こえてるんだって』
『へー、そうなんだ』
『本当の話かどうかはわからないけどさ、僕がもし先に死んだら、最期にこーちゃんの声が聞きたいな。"好き"って言ってほしい』
『お前、縁起でもないこと言うなよ』
『だってー、こーちゃん全然好きって言ってくれないんだもーん。その言葉聞かなきゃ、死んでも死にきれないよ』
『そんな大袈裟な……。それに、そんなのずっと先の話なんだから、それまでにはその、直接言うし……』
『え!本当!?じゃあ、その言葉待ってるからね!!』


あぁ、俺、結局言えなかったんだ。好きだって、言ってやれなかった。
あきらからの告白も、頷くことしかできなくて。ちゃんと好きとは言えなくて。あきらはあんなにも言ってくれたのに。俺、最期まで何やってんだろうな。

「あきら、好きだよ。大好きだ……っ」

届いているかわからないけれど、俺はこれまでの分を埋め合わせるかのように何度も好きだと呟いた。あきらの望みを、最期くらい叶えてやらなきゃいけない。だから、俺は看護師さんに止められるまで、何度も何度もその言葉を伝え続けた。







――あれから、早くも1年が過ぎた。
未だにあきらのいない生活は慣れないけれど、なんとか学校には通っている。普段通りの生活が、ようやく戻り始めている。時々、あきらが傍に居るような気がして、話し掛けてしまうこともあるけれど、その度に涙を流すことはもうなくなった。
あきらとの日々を決して忘れることはない。彼の写真に手を合わせ、好きだったお菓子を供えてやるのは、もう日課となっている。

「あきら、行ってくるな」

鞄を持って立ち上がった俺の背に、微かに いってらっしゃい と聞こえた気がした。けれど、それはきっとなにかの聞き間違いなのだろう。
だって俺は、もうあきらの声を思い出すことができなくなっているのだから。

- END - 





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