短編 | ナノ
「たっちんはさ、こーちゃんのこと好きなの?」

宿題をしていた俺の耳に、突然そんな質問が飛び込んできた。走らせていたペンを止め、驚いて顔を上げればそこには、勉強をしに来たはずなのに、ノート開かずにお菓子を食べる兄貴の幼馴染み兼親友の姿があった。全く、何をしにわざわざうちへ来たのやら。俺の方を見向きもせず、黙々とお菓子を食べるきらりん。その姿に、先程のはただの聞き間違いだったのだろうかと思い始める。もしそうだとしたら、それはそれで問題なのだが…。まぁ、聞き間違えだったのなら、それにこしたことはない。宿題の続きをしなければ。そう思い、ペンを握り直したときだった。

「ねぇ、たっちんはこーちゃんのこと、好きなんでしょ?」

再び同じ質問が聞こえてきたのだ。…いや、同じではないか。先程のとは違って妙に断定的なそれは、質問というより、確信したことを口にしていると言った方が正しいのかもしれない。
何も言わず、視線だけをきらりんに向ける。そうすれば、今度はしっかりとこちらを見つめる彼と目が合った。お菓子を食べる手を止め、ただただこちらを見据える彼の目は、まるで全てを見透かしているかのようで、俺は思わず目を逸らす。そんな俺を見て、彼はくすりと笑ったような気がした。

「ねぇ、たっちん。こーちゃんのこと、好きでしょ」
「……前にも言ったけど、兄弟なんだから、今さら好きとか嫌いとかねぇよ」
「うそつき」

いつもとは違う低めの声に、背中がぞくりとした。外見も中身も小学生みたいで、わがままを言っては兄貴を困らせているいつもの彼は、今はすっかり影を潜めている。目の前にいるのは、冷めた目で俺を見つめる、いつもより大人びた空気を纏う一人の男子高校生。少なくとも、彼が自分より年上であると認識したのは、これが初めてではないかと思う。それほどまでに、今の彼からは無邪気さを感じられなかったのだ。この場から逃げ出したい。運悪く、兄貴は今外出中。彼と二人きりの空間が、こんなにも居心地の悪いものになるなんて……。
視線を落とし、何も言えない俺を見つめていたきらりんは、やがて立ち上がり、こちらへと近付いてきた。

「たっちんは、こーちゃんのこと好きでしょ?それも、兄弟以上の感情で」
「……っ、好きだよ。でも、だから何?きらりんには、関係ないでしょ」
「あるよ」
「は?なんで?」

隠し通すのは無理だと判断して本音を漏らせば、きらりんはふっと笑った。それにイラっときて、関係ないと突き放せば、きらりんは何を考えているのかわからない笑みを浮かべ、関係あると言い放つ。俺が兄貴のことを好きであることが、きらりんになんの関係があるというのか。親友だろうが幼馴染みだろうが、兄弟間の恋愛に口出しできる立場ではないはずだ。俺が兄貴のことを好きでも、きらりんに迷惑はかからないし、この恋が実ろうが実らなかろうが、きらりんには影響を与えない。あったとして、俺と過ごす時間を増やしてもらうために、きらりんとの時間を少し削ってもらうくらいなはずだ。
考えを読めないことに言い様のない不気味さを感じ、俺はきらりんの返答を急かした。何で関係あるのかわからない。第一、何でこの人は俺が兄貴のことを好きだって知ってんだよ。そんなわかりやすい態度をとった覚えはないし、なにより彼と俺とでは接点がさほどない。兄貴がうちに連れてきたときに会う程度の間柄だ。それなのに、何故この人は俺の気持ちを知っている?何故……。考えれば考えるほど不気味で、なんだか気持ち悪い。

「ふふ、こーちゃん、何も言ってないんだね」
「だから何が?」
「いいよ、教えてあげる」

きらりんは、俺の隣にくると少し腰を屈め、そして耳元で囁いた。






「こーちゃん、僕と付き合ってるから」


自分が何を言われたのかわからなかった。わからないはずなのに、言われた言葉が頭の中をぐるぐると巡る。兄貴ときらりんが付き合ってる?付き合ってるって、それって、きらりんは兄貴のことが好きで、兄貴もきらりんのことが好きってこと?なんだよ……、なんだよそれ。俺の入る隙なんて、最初からどこにも……
理解したくなくて、わからないフリをしていた頭が、ようやくはたらきだした。

「ただいまー」

兄貴の声が聞こえる。出迎え、しなきゃ。
そう思うのに、身体はショックで動かない。そんな放心状態の俺を見て、きらりんは満足そうに微笑むと、もう一言だけ囁き、兄貴の出迎えをしに玄関へと駆け出した。

「こーちゃん、おかえりー!」
「わっ!いきなり飛び付くなよ」
「こーちゃんに会えない時間が寂しかったんだから、それくらい許してよねっ」

扉の向こうからは、恋人たちの楽しげな声が聞こえてくる。それを遠くに聞きながら、俺はきらりんの言葉を、何度も頭の中で繰り返していた。







こーちゃんと僕の邪魔したら、許さないからね?

- END - 





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